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時評

20173月号
書かない人の方が多い、から書いた方がいい  吉野亜矢

時評を書くに当たって、短歌総合誌のいくつかを定期購読することにした。もともとそういう習慣があまりなかったので、予想はしていたものの難渋した。一冊すら読み込む前に次の号が届き、積み上がっていくのである。楽しみを通り越して絶望的な気分になったが、思い起こせば「未來」が届き始めた頃もそうであった。当初、得体の知れぬ森であったものが、構成に慣れ、出て来る名前に慣れしていくうちに、自分の中にだんだんと地図ができていった。気を取り直し、まずは目を通すようにしたのが時評の類であった。

「歌壇」(本阿弥書店)は三人の筆者が月交代で執筆するスタイルで、二〇一六年三月~一二月は福士りか、西之原一貴、奥田亡羊が担当。「短歌研究」(短歌研究社)は一人の筆者が三か月交代で執筆しており、二〇一六年三月~十一月は、三枝浩樹、寺井龍哉、喜多昭夫。「短歌往来」(ながらみ書房)には評論を対象にした「評論月評」があり、二〇一六年三月以降の執筆者は四月までが岩内敏行、五月以降が田中教子。(「現代短歌」(現代短歌社)には力尽きて手を出せなかった。お許しいただきたい。)いずれも二ページであり、文字数は前後するだろうが、この辺りが月刊時評の標準的な分量と言えそうである。

この傾向に一線を画すのが「角川短歌」(㈱KADOKAWA)の「歌壇時評」である。執筆者は二名、基本半年交代、分量はなんと六ページ、文字数にして六千字というから四百字詰原稿用紙だと一五枚になる(ちなみにこの原稿は十九字×七十六行、約千四百字)。二〇一六年四月~一二月の執筆者は川野里子、阿波野巧也、大井学、中津昌子、魚村晋太郎、佐々木定綱(顔ぶれが多いのは、途中体調を崩した川野を、大井と中津が引き継ぐ形となったため)。対象の期間では阿波野の論に立ち止まることが多かった。

「自己目的化した〈驚異〉」や、「理知的な言い換えによる「上手い」認識」では、言葉やものは驚異や認識のための記号となってしまう。(「共感と驚異と匿名と機知」二〇一六年三月号)

職業詠も情勢も《私》に引き寄せて詠わない限り脆いものになる。〈私〉の重力場を〈公〉の重力場よりつよく鍛え上げること。短歌の「一人称性(私性)」を利用する者はその意識を持たねばならないだろう。(「『砂丘律』を中心に仕事と日常のことを考えてみた」二〇一六年四月号)

若い世代に発表の機会がないのは、一概に実力がないからではなくて、総合誌が特集として特別扱いでしか機会を与えないという理由もあるだろう。(「短歌総合誌について私が不満におもってること」二〇一六年六月号)

最終回となった六月号は、タイトルを始め、なかなか思い切った発言が散りばめられているが、全体としては配慮の行き届いた礼儀正しい指摘となっている。この稿では歌壇における「歌人=男性」の無意識についても触れられており、読み応えがある。

二〇一七年、この長文時評を担当するのは松村正直と瀬戸夏子である。瀬戸は初回の一月号において「このまずしいところから、遅れてやってきて」と題して、短歌に関する自分の来歴と地方で情報的に「まずしい」環境にある現状を述べ、「まずしさ」を希望に変えて、「遅れ」をタイミングとして受け止めて、執筆したいとしている。

 同時期に時評を書いていた方々には一方的に連帯意識を持っていた。これから書く人にもである。私の担当は今回で終わりです。十か月間ありがとうございました。

 
 
 
20172月号
読み返すという贅沢  吉野亜矢

二〇一六年一一月に発行された同人誌「66」(ロクロク)を読んだ。発行者である「ロクロクの会」は、浦河奈々、遠藤由季、岸野亜紗子、後藤由紀恵、齋藤芳生、高木佳子、鶴田伊津、富田睦子、錦見映理子、沼尻つた子、山内頌子、玲はる名の「おおむね四十代の女性歌人グループ」であり、誌面はメンバー十二名による十五首詠、近現代の女性歌人十一名の一首評、66の会の歌会記録の、大きく三部に分かれる。

一首評の部は、各人が持ち寄った一首について座談会形式で批評が展開されるのだが、言葉の原義や制作時の社会的・個人的背景、短歌史を踏まえた読み解きが行われており、信頼感を覚えた。

ときをりは無菌室より取りだしてたしかめてみるわれのたましひ

大村陽子『砂がこぼれて』(本阿弥書店、一九九三年)より。選は鶴田伊津。一九九一年に第二回歌壇賞を受賞するも現在は歌を続けておらず、私も初めてその作品を目にした。

わが父が犬の乳房を揉みながら慰安婦きぬ江の黒子(ほくろ)を言へり

乳首がかすかに痒し桃色のカバーのノブを廻してをれば

一九五六年生まれとのことなので受賞当時で満三五歳、二〇一六年現在で六十歳の歌人だが、父親の介護といったテーマは今日的でもあり、「女性としての家父長制への憎しみ」(錦見)、「官能性」(齋藤)といった指摘を興味深く読んだ。〈歌〉と〈歌人〉が話題にされる期間が短くなり、ただ消費されていく傾向への危惧とともに大村の歌を提示した、鶴田の視点に注目する。

けざやかに菜の花燃やすこの夕焼ならおそらくは死とつりあへる

笹原玉子『われらみな神話の住人』(北冬舎、一九九七年)より。選は物部鳥奈(こと玲はる名)。(掲出歌はやや異質だが)「散文的な、一行詩のような歌」(錦見)、「この人大変なんだなあとかそういうことを思わずに読める」(沼尻)、「ポエティックで物語的な歌は評に挙が」りにくいが「今後評が出てくればいい」(遠藤)。沼尻の評には、いわゆる私性の濃い歌に向き合う時のしんどさを思い微苦笑を誘われ、遠藤の評には、ならばどういった批評が可能かを考えさせられた。

他にも、錦見が取り上げた飯田有子『林檎貫通式』(コンテンツワークス・二〇〇一年)の「雪まみれの頭をふってきみはもう絶対泣かない機械となりぬ」や、浦河の取り上げた水原紫苑『くわんおん』(河出書房新社・一九九九年)の「投げられしナイフを避(よ)けて踊りゐし未生のわれの髪繊(ほそ)かりき」などは、一度読んでいるはずなだけに、彼女たちの議論に触れて再度読み返したくなった。

全体の中で十五首詠はメンバーの、歌会記録は会の紹介として、座談会の発言をよりよく理解できるよう機能している。信頼関係があって交わされる、本来はクローズドの場での議論を共有できる貴重さが、この冊子にはある。彼女たちと私は、性別・世代に加え、全員が結社に所属しているという点でも共通性が高いと言えるが、何より、広げるばかりではなく選ぶこと、絞り込むことを意識する年代に差し掛かっている点が大きいと思う。新旧多くの媒体から読むべき作品が流れて来ることに焦る心持ちがあったが、全体への目配りよりも、自ずからの偏りの方が、自身を豊かにしてくれるのではないか。何を詠まないか、だけではなく、何を読まないかということについても、自覚的になりたいと思う。

 
 
 
20171月号
第一歌集の出し方  吉野亜矢

第四十二回現代歌人集会賞が虫武一俊『羽虫群』(書肆侃侃房、二〇一六年)に決まった。著者は一九八一年生まれ、二〇〇八年に作歌を始め、二〇一二年に短歌研究社のうたう☆クラブ大賞受賞とある。収録されているのは石川美南の監修による三〇八首だが、背景には四千首を超える膨大な作品群があったという。

  生きかたが洟かむように恥ずかしく花の影にも背を向けている

  しあわせは夜の電車でうたた寝の誰かにもたれかかられること

  この格差社会の底の草原におれはこそこそ草を食う鹿

  現状を打破しなきゃって妹がおれにひきあわせる髭の人

  敵国の王子のようにほほ笑んで歓迎会を無事やり過ごす

 細かい背景を知らずとも、著者の人となりの伝わる歌だと思う。内向的だが人恋しさはあって繊細、うまく馴染むことができない社会に対しても攻撃性を持つことはなく、荒地ではなく草原を見る。兄の行く末に気を回す妹の差金を戸惑いながらも受け取り、様々なものを乗り越えて辿り着いた仕事場での身の処し方ともども、ユーモラスに描写する。人柄全開である。

  手のなかに切ってしばらく経つ爪のかけらがあってとても静かだ

  窓枠のかたちの届く距離が日々変化して人生はおもしろい

  記憶にも川は流れて橋脚に割れる姿を眺めてしまう

  献血の出前バスから黒布の覗くしずかな極東の午後

 「おれ」への拘泥から一歩離れた歌を引いた。一首目、爪切りから以前切った爪が出てきた場面か。二首目、季節の移ろいが窓枠の影の位置を変化させる。三首目、実景ではないと断ることで却って写生的に思われる川の流れ。四首目、現実から遊離して、無人無音で再生される街の光景。

この歌集の魅力は、一首一首の味わいに加えて、「引きこもりの青年が短歌という表現手段を得て外界との交わりに一歩を踏み出す」という、一種のビルドゥングスロマン(教養小説、自己形成小説)の体裁を具えている点にある。同じく賞の候補となった鳥居『キリンの子』同様、著者のキャラクターへの依存を指摘されがちな出発ではあろう。二度はない祝福だが、芯に太太とした私があることは、短歌の力の一つに違いない。

この新鋭短歌シリーズは、新しい短歌作家の第一歌集の出版を後押しするというコンセプトの下に始められ、一期十二冊を第二期まで完結している。加藤治郎と東直子が主たる監修者として参加し、著者とともに歌集を作り上げていく形式をとる。十年以上前に初めて歌集を編んだ時、私にも手助けをしてくれた複数の人がいた。手探りでなくそうした出会いがあるなら、何と素晴らしいことだろう。レーベル創設のきっかけが、二〇〇九年一月に二十六歳で亡くなった笹井宏之の歌集を同社が出版したことにあるというのも感慨を深くする。同年の本誌三月号(686号)には「故」と添えられた笹井の歌が並んでいる。八年前のことになる。

  空へ空へとひきぬいてゆく黄昏のはためきかけてやめたティッシュを    笹井宏之

 
 
 
201612月号
長い時評のような歌集に  吉野亜矢 

一九九二年に死んだ祖母を、今でも折に触れて思い出す。一九九五年と二〇一一年の大震災、衝撃的な事件事故があった時など、祖母はこれを知らずに亡くなったのだな、幸せなことだな、という風に。

二〇一六年九月、斉藤斎藤の『人の道、死ぬと町』(短歌研究社)が刊行された。二〇〇四年の第一歌集『渡辺のわたし』から干支一巡りしての第二歌集であり、当初は奇抜に思われた名前も、歌壇ではすっかり馴染んだ感がある。二〇〇四年から二〇一五年までの、制作年を章題とする作品約九〇〇首を収めた今回の歌集には、私の祖母や(第一歌集に挽歌が収められた)斉藤の母親が知らない今の日本が描かれている。

歌数について、なぜ「約」かと言うと、手作業で数えたということと、①地の文との判別が困難、②他者の作品の引用、③自作の再掲等、これを一首とカウントしてよいか判断しかねる事例がままあるからである。そのこと一つとっても、この歌集の特異性が分かる。

手に取って読み通すにはかなりの労力を要するが、それはボリュームということだけでなく、取り扱われているテーマが重量級だからだ。主要な連作のテーマを挙げると、結婚(「君との暮らしがはじまるだろう(仮)」)や歌友の死(「棺、『棺』」他)といった身の周りの状況から、凶悪事件の被害者、加害者と死刑制度(「今だから、宅間守」、)、東日本大震災(「NORMAL RADIATION BACKGROUND 1 池袋」、「同2 西新宿」、「同3 福島」他)、少子高齢化と子供を持たないという選択(「わたしが減ってゆく街で」)、核と日本人のあゆみ(「広島復興大博覧会展」他)等、われわれが生きて暮らす今の根深い在りように考察は及んでいる。短歌には元々、記録文学としての性質があるが、足を運び、文献に当たり、長い詞書や夥しい注釈を添えた連作は、新しいルポルタージュを見ているようでもある。

詞書の多用が見られるようになるのは、2007の章の「今だから、宅間守」以降である(大阪池田小事件は二〇〇一年、犯人の死刑執行は二〇〇四年)。短歌作品においても、韻律のずらし、はずしを多用する歌人であったが、小さなフォントで添えられた文章は、定型に乗せることで生じる陶酔と完結感、死者(他者)を生者(わたし)に奉仕させてしまうことを牽制しながら、歌を補う役割を負っている。読みやすい本だとは思わないが、第一歌集においては、すれ違いざまに気になることを呟いて去っていくようなところがあったのが、伝えるということについて、読者への信頼からか何らかの責任感からか、少し前向きになった気がする。「大切なのは、何を書くかではなく、何を書かないかだ」(「棺、『棺』」)とする、率直な吐露に共感する。

乗りかかった舟だから来月も乗る美しい日本に私(51)

声がしてけむりの花火 にっぽんはもうちょっとできる子と思ってた(184)

淡々と滅べばいいという思いがないと言ったら嘘になるのだ(240)

  2006の章、2011の章、2013の章から引いた。角川短歌十月号の時評において魚村晋太郎は、「短歌にとってのあたらしさ」を、一つは時代の反映、一つは表現領域の拡大と定義している。斉藤はまさに、後者の意味でのあたらしさを短歌にもたらした人だと思う。私は、日本も私もじゃあこれで、という訳にはいかないと思っている。短歌を詠むことが滅びに奉仕しないよう、黙るなり詠むなりしていきたい。

 
 
 
201611月号
八〇年代生まれの歌人たち  吉野亜矢
  遅ればせながら読んでおきたいと思った歌人がいる。山田航と吉田隼人だ。

山田は一九八三年生まれ、札幌市出身、「かばん」所属。二〇〇九年に角川短歌賞と現代短歌評論賞を受賞し、二〇一二年の『さよならバグ・チルドレン』(ふらんす堂)で北海道新聞短歌賞と現代歌人協会賞を受賞。第二歌集に『水に沈む羊』(港の人、二〇一六年)。

手に取った順から言うと、山田の編著であるアンソロジー『桜前線開架宣言 Born after 1970現代短歌日本代表』(左右社、二〇一五年)が最初に来る。その名の通り、一九七〇年以降に生まれた歌人四十人についての解題とまとまった数の作品が読めるようになっており、山田本人についても、四十一人目として栞に収録されている。

花火の火を君と分け合ふ獣から人類になる儀式のやうに

放課後の窓の茜の中にゐてとろいめらいとまどろむきみは

泣き虫も弱虫も虫(バグ) 夏空に飛び交うものをふたり見てゐた

 ホームランを打てず、スタートラインにも立てず、「たぶん親の収入超せない」僕たち。抒情に混じる言葉遊びのセンスは、別途『ことばおてだまジャグリング』(文藝春秋、二〇一六年)に結集したようだ。そして郊外の無個性なニュータウンと、「浮かない」ことが求められる学校にテーマを求めた第二歌集から。

火に焙るマシュマロときに素晴らしい記憶に変はるかなしみもある

オルゴール作りが君の母の趣味 君の名前は忘れたけれど

ただ白いだけの液体つくりだす俺のからだを抱くんだきみは

溺れても死なないみづだ幼さが凶器に変はる空間もある

吉田は一九八九年生まれ。二〇一三年、「忘却のための試論」で角川短歌賞を受賞し、二〇一六年には同タイトルの歌集により現代歌人協会賞を受賞。所属結社等はない。本歌集が「二〇一一年」、「二〇一一年以前」、「二〇一一年以後」の三部構成になっているのは、吉田が福島県出身であることに深く関わる。巻末には初出一覧があり、同人誌や短歌総合誌に発表した連作が基本となっているが、特に「率」掲載の作品には、同人をはじめとする読者への信頼が感じられる。角川短歌賞は五〇首単位であり(掲載されている受賞作は四九首だが、削られた一首は山田のアンソロジーで読める)、長い連作を成立させる動機や技術が必要とされるが、仏文の博士課程にあるという吉田には、論も作も構築的に積み上げていく粘り強さ(しつこさ)がある。

誰もが誰かを傷付けずにはいられない季節がきます 傘の用意を

燃えおつるせつなの紙の態(すがた)して百合咲きてあり燃えおちざりき

生前のわが使ひゐし歯ブラシは水まはりの掃除に役立てり

いもうととまためぐり逢ふいつだつてなにかが安いマクドナルドで

をかされしあなたとふしめがちに逢ふあくありうむのあをきくらがり

頻出する「傘」のイメージ、虚構らしき家族の導入、生への呪詛、死のなまめかしさ。従来の流通形態では、「歌集出版など到底望めない経済的条件にあった」という。書肆侃侃房の挑戦の価値を思う。

 
 
 
201610月号
あたらしい短歌  吉野亜矢
 詩と批評の雑誌『ユリイカ』(青土社)が、二〇一六年八月号で短歌を特集している。タイトルは、「あたらしい短歌、ここにあります」。冒頭では、歌壇外への発信を得意とする穂村弘が詩人の最果タヒ(さいはてたひ、と読む)と対談しており、雪舟えま、俵万智、巻上公一、戸川純、斉藤斎藤、瀬戸夏子、結崎剛、井上敏樹、福永信、木下古栗、ミムラ、壇蜜、DARTHREIDER a.k.a.Rei Wordup、澤部渡、雨宮まみ、ルネッサンス吉田、木下龍也、尾崎世界観といった人々(半分以上が異分野の表現者である)が短歌作品を寄せている。

菫色のサインは日露の娘と初恋の比喩、そう、どちらかといえば僕だ      瀬戸 夏子

デュロキセチン処方Max服薬すれば過活動性的逸脱観念奔逸減薬すれば息をする塵【ごみ】死ぬ気力すらない      ルネッサンス吉田

論考では、穂村とともに短歌のニューウェーブを背負った加藤治郎、荻原裕幸らも寄稿しており、人物に迫るという形で岡井隆、鳥居、清家雪子(漫画家、『月に吠えらんねえ』の作者)も登場している。吉川宏志は、「過去(筆者注:ここでは十五年といった期間のこと)を検証する議論があまりなされないのが、現代の短歌界の大きな問題点」と指摘し、瀬戸の歌について「価値観の異なる人々には全く伝わらない表現だと思うが、感性や心情を共有するサークルの中では、高く評価をされているようである」と書く。この主張が比較的馴染みやすいのは、自分自身が結社や歌会で受けた訓練との地続き感があるからだろうか。死角があるとしたら、それも共有していることになろう。その吉川に「歌壇から認められないことを積極的にアピールする歌人」と分類される枡野浩一は、佐々木あららとともに商業出版へのこだわりを論じる中で、山田航の著作を「穂村史観」でまとめられていると評している(二〇一五年一二月に『桜前線開架宣言 Born after 1970現代短歌日本代表』と題するアンソロジーを出した山田には、穂村との共著もある)。その山田は石川美南とともに巻末に「あたらしい短歌のキーワード15」を執筆しており、「家族」「学校」「地元」「労働」「言葉遊び」「BL/百合」といった項を担当している。このBL(ボーイズラブ、男性同士の恋愛を扱った女性向けの創作物)に関して石井辰彦は、「チープなエロティシズム」「短歌よりコミックに近い存在」とし、LGBTQ―多様な性の当事者による詩の物足りなさについても言及している(本題は、保守的な若者に《教養》としての《性愛》を深めることを勧めるもの)。その他にも、二〇一四年の短歌研究新人賞受賞作における虚構の設定で物議を醸した石井僚一が歌会について熱く語り、二〇一六年に『忘却のための試論』で現代歌人協会賞を受賞した吉田隼人が専門のフランス文学を駆使して短歌における私性を「抒情詩の〈私〉」として考察している。吉田の論文調の文章はついていこうという意欲を刺激するが、これだけの紙幅を費やして作者と作品の切り離しを試みながら、同じ誌面で自身の角川短歌賞受賞作について、「身近な人を自殺で亡くすという実体験があって」(東直子)という言い方をされてしまうのは皮肉である。穂村と岡井の発言でも、行き着くのはこの私性の問題であったり、文学と生きがいという短歌の価値の両端であるように読んだ。

他にも多様な論者が興味深い論を展開している。手に取ればその人なりの発見がある、刺激的な特集だ。

 
 
 
20169月号
参院選を前に  吉野亜矢
  二〇一六年七月上旬、街には選挙の言葉が溢れている。言葉の扱いという意味で、それらはとても興味深い。特に幸福実現党のキャッチコピーがこわい。「愛してるから、黙ってられない。」の舌足らずな語調と、理由にならない理由、並び配置される女性党首の顔。黙っていられないのは自分だけではないと思うが、相手側の言い分に耳を傾ける姿勢は感じられず、こうした物言いを女性性に帰属させて納得させてしまおうという意図を感じる。

選挙の際には様々な言葉が生まれる。他国の例でも、英国の脱EUを意味する「Brexit(ブレキジット)」=Great Britain+exit(離脱)が記憶に新しい。僅差でその離脱派が勝利した後にはそれを悔いる「Bregret(ブリグレット)」=同+regret(後悔)という言葉まで現れた。国としては緩やかに失速していく傾向にあるような気がするが、言葉の扱いにおいては依然逞しさも感じる。

参院選に向けて政党や政治団体の発する日本語に目を向けると、自民党は「この道を。力強く、前へ。」。この道とは何か、という疑問はあるが、老舗だけあって変なツッコミどころを作ったりはしない。政権パートナーである公明党は、弱者を意識した「希望が、ゆきわたる国へ。」。三月に民主党に維新の党が合流する形で発足した野党第一党の民進党は、党名の解題とも読める「国民【国民=ルビ=あなた】と進む。」。日本共産党は、野党共闘を意識した「力あわせ、未来ひらく」。昨年十一月に維新の党から分離する形で発足したおおさか維新の会は、「古い政治を壊す。新しい政治を創る。」。憲法学者の小林節が五月に立ち上げた政治団体、国民怒りの声は、団体名自体がキャッチコピーのようだが、広報素材を見ると「1%の富裕層ではなく99%の普通の人の声を届けます」がそれに当たるか。以下略。

与野党共通して言えるのは、句読点が好きだなあということである。「、」や「。」が入ることで切れ目がはっきりし、きびきびとした印象と発話者の確信を伝える効果がある。一方、短歌では、修辞として積極的に活用する場合を除いて基本的に句読点はあらわれない。掬い上げようとされるのは、言葉の隙間の言い澱みのような部分だと思う。前回に続いての言及になるが、永田和宏は、昨年九月に京都で行った提言「言葉の危機的状況を巡って」において、自分の言葉は政治家の言葉には絶対なれない、と感じた経験を紹介している(同内容の講演は十二月に東京でも行われた)。永田はその三週間ほど前、新宿で行われたデモで、「安全保障関連法案に反対する学者の会」の呼び掛け人の一人として群衆に語りかける機会があり、雑踏の中で言葉を届ける難しさを痛感するとともに、その場で耳にした政治家のスピーチに、自分のものとは全く違う迫力を感じたという。プロの言葉に感服しながらも、民衆に伝わる「政治の言葉」と、「われわれの言葉」は違うだろうというのが、永田の問題意識である。

短歌研究七月号では寺井龍哉が「水原紫苑の眺望」と題する時評で、高校の「うた部」を舞台に短歌が人と人とをつなぐきっかけとなる小説『うたうとは小さないのちひろいあげ』(村上しいこ著、講談社)を紹介しつつ、水原が『桜は本当に美しいのか』(平凡社)で指摘した視点―詩型が持つ共同体への従属傾向を対比させている。歌による自問自答や揺らぎの表現も、個の発露を可能にするだけではなく、集団への同化や現状維持に奉仕する可能性がある。

 
 
 
20168月号
言葉のたくらみ  吉野亜矢
  五月二十七日、G7伊勢志摩サミットを終えたオバマが、アメリカの現職大統領としては初めて広島を訪れた。平和記念資料館を視察し、原爆死没者慰霊碑に献花し、十七分間にわたるスピーチを行った。

私は地方公務員なので、首長の名の下に挨拶文を起草する機会がある。そんなこともあって人の挨拶文には関心があり、首相官邸(kantei.go.jp)の「総理の演説・記者会見など」の項はよく見る。少し前に話題になった「広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式」や「沖縄全戦没者追悼式」における総理挨拶文は、初めて読めば胸を打つ美文だが、使い回されていたことが叩かれた。入れ替わりの乏しい聴衆を前に、過去の不変の事象に対して毎回言葉を繰り出す難しさはあり、様式性のもたらす慰めもあろうが、「今」を反映すれば、触れるべきことは微妙にでも変わるはずである。

オバマの広島スピーチはすぐにテキスト化され、日米その他のメディアで提供された。少し待てば、親切にも日英対訳も出た。注意深く選ばれた言葉や構文は、「私たち」を特定の国民に限定して読まれることのないよう、「人類」や「文明」といった普遍的な概念に引き付けて展開されている。冒頭の問い、「なぜ我々はここヒロシマに来るのか?(Why do we come to this place, to Hiroshima?)」は中盤で回収され、「だからこそ我々はここに来る(That is why we come to this place.)」となる。日米同盟や欧州連合の価値と実績、それでもなお止むことのない世界の対立、悪(evil)に対して防衛手段を持つことの必要性を訴えた上で、初めてアメリカ国民を特定する文脈「私の国のように核を貯蔵している国々は(Among those nations like my own that hold nuclear stockpiles)」が現れる。究極の目標としての核廃絶の可能性に触れながら、「独立宣言に謳われた理想を実現することはアメリカ国内(within our own borders)やアメリカ国民の間において(among our own citizens)さえ簡単なことではない」と続く。(ourが特定国民を指す形で使われているのはここだけである。)「我々は人類という一つの家族の一員(we are part of a single human family)」という気恥ずかしくなるような文言の後、「だからこそ我々はヒロシマに来る」のフレーズが反復され、「道徳的な目覚めの始まり(the start of our own moral awakening)」を訴えてスピーチは終わる。

五月、『時代の危機と向き合う短歌』が青磁社から刊行された。副題にある「原発問題・特定秘密保護法・安保法制までのながれ」を受けて、吉川宏志が中心となり、京都(平成二十七年九月)と東京(同十二月)で開催したシンポジウムの記録集である。京都では三枝昂之の講演、永田和宏の提言、中津昌子、澤村斉美、黒瀬珂瀾による鼎談があり一四〇人が参加した。東京では永田の講演と今野寿美のミニトーク、吉川、染野太朗、田村元、三原由紀子によるパネルディスカッションが行われ、三九〇人が参加したという。私は京都の、立ち見も出た当日の盛況を思い出す。永田は「歌人として時代に向き合うとはどういうことか」を問題提起し、機会詠においてレトリックが自己目的化することへの自制を説いた。

言葉にはたくらみがあり、詩歌においてもそれを振り切ることは難しい。一方、政治で何をどう伝えるかの技術は必須である。私は挨拶文へのこだわりと同じ意味で、IDF(イスラエル国防軍)のツイッターに見入ってしまう。そのメッセージは明快で、美しいとすら思われる。

 
 
 
20167月号
どんな名前でも  吉野亜矢
 三年前、誘ってくれる人があってとある歌会に出た。参加者は私も含めて十八人(詠草は二十一首)、大学生中心の比較的若い層で構成されており、見知った顔はいなかったと思う。なぜ誘われ、なぜ出かけて行ったのかは忘れてしまったが、京都の会場に着くと、セーラー服姿の女の子の隣に座ることになった。高校生? と誰かに聞くと、そうじゃないけど、あの子はあれでいいんだ、みたいな答えが返ってきた気がする。

土煙り不在の父へ会いに行く夏影冷えて黒い遮断機

 後に歌集『キリンの子』(KADOKAWA、二〇一六年刊)にも収められた、鳥居のこの日の詠草である。メモでは一画少ない正の字が書いてある。ちなみに私の詠草はTの字が書いてあり、最高得点歌は九票だった。この歌は歌集収録時には少し手を入れられている。

土煙【煙=ルビ=けむ】り不在の父に会いにいく夏影冷えて黒い遮断機

 漢字とひらがなの配分、助詞の選択、そして読み仮名に配慮がなされたことが分かる。

ゆっくりとうすく光を引き伸ばし銀のひかりで切るセロテープ 53

顔文字の趣味のよくない友だちが空の写真のメールを寄越す132

海越えて来るかがやきのひと粒の光源として春のみつばち 126

 鳥居の歌集は発売早々評判を呼び、ネット書店では本体定価一六〇〇円を上回る価格がついていると聞く。私は頼みのジュンク堂書店三宮店で在庫切れだったため、近隣の住吉店にあった一冊を取り寄せてもらい読んだ。反響の要因の一つと言っていい彼女自身の過酷な出自は、歌集と同時に刊行されたノンフィクション、『セーラー服の歌人 鳥居 拾った新聞で字を覚えたホームレス少女の物語』(岩岡千景著、KADOKAWA・アスキー・メディアワークス刊)に詳しいはずだ。そうした体験を匂わせる歌を引くこともできる。

永遠に泣いている子がそこにいる「ドアにちゅうい」の指先腫らし 89

失ったふるさとなおも夢に出て夢の魚を買って帰らむ 109

君の死に火は似合わない紫陽花が咲くみずうみに浮かべる棺 119

 賛否のある歌集とも聞くが、私はまだ署名入りの批判を見たことがない。この歌集が嫌いだと言う人は、彼女の歌を(短歌以外の立脚点から)称賛する人たちを好かないだけではないか、と思う。

 学生にとっての制服は、人としての未熟さを表象するのと引き換えに、庇護の対象としてのサインを送る役割も担う。鳥居は「義務教育を受けられないまま大人になった人たちがいることを表現するために、成人した今もセーラー服を着て活動をしている」という。しかし学齢期を過ぎた女が身に着けるセーラー服は、商品化された性のパッケージとしてしか受け取られないこともある。三年前、恐ろしいほど率直な自己紹介とともにもらったリーフレットには、被写体である鳥居自身が函状のものに身を曲げて収まり、まっすぐこちらを見返している写真があった。オーバーサイズの白いシャツ、腿まで上がった黒いスカート、赤く塗った口元に寄せられた両手。この危なっかしさに無自覚なはずはない。

ほんとうの名前を持つゆえこの猫はどんな名で呼ばれても振り向く 142

鳥居は問いかけている。弱い自分に、世界は支配以外のものを与えるのか? と。

 
 
 
 2016年6月号
 受賞ラッシュを祝う   吉野亜矢
  未来の歌人に立て続けにめでたいニュースがあった。大島史洋が歌集『ふくろう』(短歌研究社、二〇一五年三月)により第五〇回迢空賞、黒瀬珂瀾が『蓮喰ひ人の日記』(短歌研究社、二〇一五年八月)により第十四回前川佐美雄賞、小川佳世子が『ゆきふる』(ながらみ書房、二〇一五年一二月)により第二十四回ながらみ書房出版賞を受賞した。大島の『ふくろう』については四月号に新年会の報告が掲載されたところなので、ここでは他の二冊について触れたい。

黒瀬の『蓮喰ひ人の日記』は、二〇一一年二月から翌年三月にかけて、研究者である妻に伴い滞在したアイルランドとイギリスでの生活を題材にしている。その間東日本大震災と妻の出産という、一方は社会的歴史的な、一方は個人的な事件に遭遇するのだが、それらを縦横に織りなしつつ、また『ユリシーズ』を引用しつつ、異国での時間を歌物語のように紡いでゆく。「六の月」から始まる章立ては「十の月」まで満ちると再び「一の月」となり、「九の月」を最後に終わる。子の成長を全ての軸に据えながら、家族の私的な記録以上のものが掬い取られている。

胎の子よ聞こゆるか今スウィフトが赤子の調理法説きやまぬ

日本の震災の一週間後、身重の妻の目の前で三世紀前の文豪による皮肉な貧困解消策が朗読される。

海老チリと豚の甘酢の混じりあふタッパの底を歩み来たりぬ

その三日後の歌は、詞書「3/21 Wok(盒飯)とはテイクアウェイの中華料理屋。中国移民は中国語で、韓国移民はハングルで笑ひかけてくる。」に違和感を覚えた。ハングルは文字を指すため、「中国語」に対置されると意味が若干ずれる。しかし私は、そんなことは承知であろう黒瀬の選択に結局は同意する。朝鮮半島で流通する言語を日本語で表現しようとすると、韓国語、朝鮮語、韓国・朝鮮語と、幾通りもの選択肢があり、そのいずれも万人を満足させることはない。NHKがハングル講座を名乗るのはこのジレンマを避けるためであり、私にそう指摘した人々は、同じジレンマを避けて在日コリアンと呼ばれたり、また名乗ったりする。そうした逡巡を経て掲出歌を振り返ると、現地語化した外来語やら普通名詞化した商標やらが入り交じった、猥雑で生命力のある味わいが立ち上がる。

小川の『ゆきふる』は二〇〇六年から二〇一五年までの十年間の作品約五百首を収める。

いくたびか外光に触れいくつもがどこかへ行った私の臓器

闘病という言葉はあとがきも含めて使われていないが、この間度重なる入院や手術を経験したようだ。治癒の目安となる五年目にがんが再発し、入院の支度をしていて、二〇一一年三月一一日を迎えたという。津波に家屋を流された土地と、空洞を抱えた闇が痛ましく重なる。人は様々な場所で、あの震災を受け止めた。

なにゆえにパジャマに柄はあるのかと思うようなる大いなる問い

新月の夜に願いを書いてみてひらがなのほうが叶う気がする

病と縁深い身体を授かったことについての嘆きや諦念だけでなく、どこかとぼけたユーモアもこの人の持ち味だ。欠詠したことがない、という言葉を思い出す。

今月から時評を担当することになった。歴代の執筆者が向き合ってきたであろう「時評とは何か」について、考える一年になるだろう。

 
 
 
2016年5月号
遠からず来るだろう 中島裕介
 触ることのできる極小のプラズマを、妖精のように現実空間に投影し、動かす技術を開発した落合陽一。彼が二〇一五年末に刊行した書籍が『魔法の世紀』。「魔法」とは言い得て妙である。幻想でしかなかったモノが、現実に現れるとき、短歌において写生は、幻視はなお可能であるのか。少なくともこれまでと同じようにはできなくなるのではないか――と考えさせられる。
 同様に、人工知能(AI)の技術も急激に発達している。短歌においてAIはどのような影響を及ぼしうるか。
 アメリカのある音楽家・音楽学者がバッハの音楽を分析し、AIに学習させた。そして、AIがバッハ風に作曲した曲と、別の音楽学者がバッハ風に作曲した曲を聴衆に聴かせ、どちらがAIの曲かを当てさせるコンサートを開いた。結果、多くの聴衆が別の音楽学者の曲を「AIの作曲したものだ」と認識したという。これが一九八〇年代から九〇年代の話だ。最近、スペインの大学が開発したAIは一秒以下でクラシック(風の)音楽を一曲作るという。近年の日本でもAIに小説のあらすじやショートショート散文を作らせる研究は多数行われている。短歌におけるAI利用を、研究・実践している人は多くなさそうだが、AIに、たとえば斎藤茂吉の短歌を学習させ、茂吉風の新作を作らせることも、本腰で研究する人が現れれば難しくないだろう。
 Googleが開発したAIが、「どういうものが猫であるか」のお手本を人間から教わることなく、インターネット上の画像や動画に映るどれが猫であるかを学習し、識別できるようになったのは二〇一二年。二〇一五年には複数の画像を組み合わせた「夢」を産み出すこともできるようになっている。AIが膨大なデータからモノのイメージを把握し、それを応用して新しいイメージを作り出せるならば、膨大な和歌・短歌から、たとえばアララギ的な要素を踏まえた新しい短歌の文体をAIが作り出せそうだ。
 インターネット上の外国語の自動翻訳機能(これもAIだ)を使ったことがある方もおられるだろう。アメリカの新聞社では、スポーツや経済のような定型文が適用できる短い記事をすでにAIが書くケースもある。今後、プログラムさえできれば、和歌も短歌も、文語も口語も関係なく、AIが自動的に意味を字義通りに解釈してくれるようになるだろう。
 二〇一六年一月末に政府が「AIによる創作物に著作権を認めるか」という検討作業に着手した。現時点ではAIによる創作物には著作権がない――つまり、AIが作った短歌を、誰かが個人の実名で発表しても特に問題はない。ならば、たとえばAIが自動生成した短歌に、「岡井隆」の名が付されたとき、あなたは本当にその歌を〈正しく〉読むことができるか。よい歌ならば「岡井隆ならどんな歌でもありうる」と褒めてしまわないか(それでもよいのだが)。
 AIが短歌を作り、AIが読んで、AIが解釈する。それも大量に。そこに、岡井の『現代短歌入門』における有名なテーゼ
短歌における〈私性〉というのは、作品の背後に一人の人の――そう、ただ一人だけの人の顔が見えるということです
 というときの〈顔〉が入り込む余地はあるのか――いや、元々その〈顔〉は本当に作者の顔をしていたのか。短歌という営みはどのように存在・存続しうるのか。そういう思考実験をすべき時期に来ている、と私は認識している。
 二年三ヶ月にわたり時評を担当させていただきありがとうございました。
 
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2016年4月号
ポストモダンという語 中島裕介
 大辻隆弘がツイッター上で、山田航と森井マスミの評論に憤っている。
この時代に「ポストモダン」を称揚することは文学表現の瓦解に手を貸すことになる。(中略)その事態を招来する覚悟があるのか?
服部さんの(角川「短歌」二〇一五年四月号掲載歌「水仙と盗聴、わたしが傾くとわたしを巡るわずかなる水」を巡る議論で提示された:筆者注)「読み」に対する姿勢を「ポストモダン」の側に回収し、私を「モダン」の権威主義の側に置く、という図式はたしかにわかりやすい。
とした上で、大辻は山田・森井という「ポストモダン」側に立場表明を迫るものだ。なお、本稿では紙幅の都合で森井の「短歌往来」二〇一六年二月号の評論「言葉を共有すること ――ポストモダンと短歌」を扱わない。ご容赦いただきたい。
「短歌研究」二〇一五年十二月号に掲載された、山田航の「評論展望」は、永井祐の角川「短歌」二〇一五年八月号時評での「短歌の世界に流通している「人間」は「昭和の人間」であるように思う」と引き、近代的な固定観念にとらわれがちな歌壇の傾向を指摘する。大辻の同誌九月号時評の「短歌における抒情の問題は、煎じつめれば、短歌において時間をどう表現するかという問題に収斂する。(中略)口語短歌の作者は、みずからの抒情を確立する新たな時間表現の技法を開発する必要に迫られているはずだ」という指摘を対比させる。山田は、
  「文語」にしても「時間」にしても、きわめて近代的な観念だ。そして近代とは前近代的なものを解放するというよりも、ある特定のものを隠蔽しようとするはたらきが強いものだった。     
と、近代的な固定観念にとらわれることの問題点を指摘する。山田が、大辻の評論を近代=モダンの問題にとらわれているもの、と位置づけているのは分かる。
 さて、そもそも「ポストモダン」とはなにか。元々はフランスの哲学者リオタールが提唱した考え方であって、
分野によって用法は多義的であるが、近代全体を問題視し、しかも対抗する一元的な原理を展開しない(『岩波哲学・思想事典』、1998、岩波書店。本項は岩崎稔。)
と整理される。ポストモダン(的思考)は「近代全体」を問題視はするが、別にそれと対抗するものでもなければ、「現代(的思考)」を意味するものでもない。『リオタール 寓話集』の「訳者あとがき」で訳者・本間邦雄がうまくまとめている。
  また、リオタールの言う”ポスト・モダン”は(中略)近代に続く時代という、時代区分の意味ではない。(中略)キリスト教的救済や歴史の成就といった「大きな物語」が有効でなくなった現在において、そのような歴史性をベースに置く考え方を停止し、宙吊りにするなかで思考し感覚する情況がリオタールの言う“ポスト・モダン”である。その意味では、”ポスト・モダン”は”最近”を意味するのではなく、”近代”の思考と同様にむしろ普遍的、偏在的なのである。
 このリオタールの「ポストモダン」は、山田の、近代に対する問題意識と合致していると言っていい。ただ、山田が「『ポストモダン』を称揚」しているとまで言いうるかというと、そこまでは言い切れないように見える(森井の評論は確かに「称揚」しているように読めるが)。「ポストモダン」は「称揚」すべき類のものでもなく、歴史性とは別のしかたで、文学表現を築いていく態度のことだろう。
 
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2016年3月号
同人誌のはなし 中島裕介
 同人誌「率」第九号と「Tri」第二号がどちらも荻原裕幸特集を組んでおり、いずれも刺激的な内容となっている。二つの同人誌が同時期に荻原を選び取ったのも偶然ではない。「率」の巻頭言では藪内亮輔が
  私は、この歌人(荻原裕幸:筆者注)と作品は、抒情とその変化という面から再考すれば、現代からみたリアリティを発見できると考えている。
と述べている。「Tri」の巻頭にある大井学の評論「荻原裕幸の「定型」――その問題意識」においても、冒頭に荻原が一九九二年に発表した文章を引用し、
  二〇一四年の短歌研究新人賞を受賞した石井僚一の「父親のような雨に打たれて」という作品を巡る(虚構やリアリティに関する:筆者注)騒動について、予めの「回答」を語っていたようにも思われる文章ではなかろうか。(中略)二十年以上前に騒動発生の予言と回答を準備していた、とでも言えば面白いのだろう。けれど実際は、この二十年以上もの間、荻原が指摘していたリアリズムを巡る「主張」とモラルとの混同が解決されないままだつたということだろう。
と荻原の問題意識が現在の短歌の情況、特にリアリティを巡る議論にも密接に繋がっていることを示しており、両者の着眼点には大いに頷ける。他に「率」では宝川踊が、「Tri」では濱松哲朗が、いずれも柄谷行人を援用しているのも興味深い。
 同人誌即売会「コミックマーケット(コミケ)」といえば、マンガやアニメ、ゲームといった分野の同人誌が主だが、それ以外の分野の同人誌もある。二〇一五年末に開催されたコミケに出品された技術関係の同人誌「SunPro会誌 2016」では博多市(筆名)という方が「機械学習で石川啄木の未完の短歌を完成させる」という文章を公開している(筆者はウェブ上でのみ拝見した)。
 この文章は、石川啄木の『悲しき玩具』の元となったノートにある「大跨に緣側を歩けば」 (二句目冒頭は「縁側」の「縁」の旧字体。)という〈未完の短歌〉に続く三句目以降をコンピュータに制作させる試みについて記されている。その制作過程は、①『一握の砂』と『悲しき玩具』にある歌・七四五首をコンピュータに分析させて、基盤となる語彙を整理し、②短歌定型に沿った三句目以降を自動的に一万首作らせ、③石川啄木の短歌らしくなる語の組み合わせを解析し、④自動的に作られた一万首のうち、最も啄木らしい歌を数値的に選ぶというもの。でき上がった歌は次のとおり。
  大跨に緣側を歩けば、板軋む。
かへりけるかな――
道廣くなりき。
 この試みを行った博多市自身、この歌の出来は良くないという感想を持っており、私も同感だ。しかし、こういった試み自体は面白く、基盤となる語彙がより豊かであれば、歌の出来も良くなるだろう。人が作った歌と遜色がない短歌をコンピュータが作るとき、虚構やリアリティを今と同じように議論できるだろうか?
ところで、「率」第九号の瀬戸夏子「以後のきらめき」の補注で、短歌一首を自動生成させるプログラム犬猿短歌(佐々木あらら制作)や偶然短歌botを、瀬戸は荻原の短歌に対置させて次のようにいう。
  良くも悪くも短歌というのは人間のものだいまのところは、ということになりそうである。(原文傍点に代えて下線) 
 全く同感。あくまで「いまのところは」なのだ。人間にとっての短歌の位置はまだ変わり得る。だから面白い。
 
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2016年2月号
今年の新人賞 中島裕介
 今年の、総合誌における新人賞の結果が出揃いつつある。
 第六十一回角川短歌賞は阪大短歌会の鈴木加成太「革靴とスニーカー」。
  やわらかく世界に踏み入れるためのスニーカーには夜風の匂い
鉛筆でごく簡潔に描く地図の星のしるしのところへ向かう
星屑を蹴散らしてゆく淋しさをひと晩で知り尽くす革靴
地平線焼き切るときの火の匂い 簡易珈琲のふくろをひらく
 就職活動で履く革靴と大学生としての生活で履くスニーカーが対比されている。「世界」「夜風」「星」「星屑」「地平線」など、肯定的なイメージを、就職活動を通じて触れた美質として見出している。この点は選考委員からも好評を得ている。引用一首目はやや像が結びにくい感もあるが、就職活動の時間帯ではなく、大学生としての生活世界として夜に外出する自身の様子を「スニーカーには夜風の匂い」と甘やかに表現している。最後の引用歌は、インスタントコーヒーの袋に入れる切れ目と地平線、地平線を焼き切る火(太陽)と焙煎の香りやその現れが鮮やかに描かれており、個人的に最も好みの歌である。
 第五十八回短歌研究新人賞は遠野真「さなぎの議題」。
  肉親の殴打に耐えた腕と手でテストに刻みつける正答
割れた窓そこから出入りするひかりさよならウィリアムズ博士たち
痣のないお腹を隠すキャミソール 罪を脱ぐのもまた罪であり
おかあさん白線ちゃんとわたろうとしたよ白線わたろうとした
 作者は男性だが、思春期の女子学生に成り代わって詠われた連作。全体に虐待や自傷の気配がある。二首目の「ウィリアムズ博士」は昆虫の変態について研究した動物学者。さなぎのように内部で変わってゆく学生のことを、様々な仕方で見ている大人を「博士たち」と呼んでいるのだろう。
遠野の連作について田丸まひるがウェブサイト「詩客」の時評で
虐待を思わせぶりにちらつかせるような歌は、むしろ生々しさを遠ざけていないか。敢えて言えばあざとく、作り物めいている。    
と否定的な見解を示し、十二月上旬までに遠野からの反論・田丸からの再反論が行われた。田丸の評言が詩的であるため、議論としてやや上滑りしている感があるが、田丸は、虐待というテーマを扱うには、遠野の作品の質が不十分なのではないかと疑義を呈したかったものと理解した。この疑問についてさらに議論されてよいだろう。
 歌壇賞も飯田彩乃が受賞したとの報があり、遠野と共に未来会員が受賞することとなったことを一会員として喜ぶ。
 また、ここ五年から十年の間、主な新人賞で京大短歌会と早稲田大学短歌会の会員やそのOB・OGが活躍していたが、鈴木加成太の属する阪大短歌会や昨年の短歌研究新人賞受賞者である石井僚一の属する北海道大学短歌会のほか、今年の新人賞候補者の所属先を見ても、東大の本郷短歌会、九大、外大、奈良女など様々な名が見える。大学短歌会全体でのレベルが上がっているのだろう。確かに、東京と地方とで短歌に関する情報やイベントの、量や多様さに格差があることは否めない。その一方で、大学という磁場が、新しい才能が現れる土壌を東京以外の地域にも形成し、発展させる契機となれば嬉しい。
 
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2016年1月号
キュレーションとしての短歌批評 中島裕介
 「塔」二〇一五年七月号の大森静佳の時評「『批評ニューウェーブ』への疑問」に、久真八志がツイッター上で疑義を呈している。
 発端は中日新聞同年四月十一日付夕刊の山田航による時評「批評ニューウェーブ」である。(この時評でも過去に取り上げた)光森裕樹や田中濯らの、統計データや語彙分析を元にし、高い説得力を持った批評が現れてくる情況を山田は「批評ニューウェーブ」と評する。こういった批評が以下のような情況改善を産むという。
まず印象批評を抑制し、ある程度客観的な議論をするためのインフラになる。次に、歌集出版や結社運営をビジネス化させるために、現状では何が足りないのかという分析ができる。   
また、山田はさらに次のようにもいう。
 「短歌ニューウェーブ」は、短歌に限定された修辞論以外の引き出しが要求されている。歌論だけを読んで歌論を書くのは、もはや単なる不勉強にしかならない。 
 このような山田の見解に、大森は一定の賛意を示した上で、
 私たちが目指すべきなのは、本当に客観的な批評なのだろうか。(中略)歌をほとんど引用することなく、数字やデータから読み取れることを抽出・分析するという批評の後ろには誰がいるのだろうか。そういった言わば透明な批評ばかりでは案外つまらなくないだろうか。(原文傍点に代えて下線) 
と疑問を呈する。
 十月半ばになってから、久真がツイッター上で、この大森の時評に不快感を表明する。久真の反論は、〈計量分析をした程度で「客観的」だと考えること〉〈「数字やデータから読み取れることを抽出・分析するという批評」を「透明な批評」と評したこと〉だとまとめられるだろうか(三上春海がブログで大森への擁護とともに本件の経緯を整理している)。
 ところで、森田真生の『数学する身体』(新潮社)が十月に刊行された。森田は教育機関や研究機関に属さずに数学の研究や普及に努める、三十歳の気鋭の独立研究者である。同著は、数学者・岡潔に特に心を寄せて、〈数学と、身体や心〉の関係やあり様に迫ってゆく。岡潔は「情緒」という言葉を好んだというが、森田も
  (略)数えることも測ることも、計算することも論証することも、すべては生身の身体にはない正確で、確実な知を求める欲求の産物である。(中略)
一方で、数学はただ単に身体と対立するものでもない。数学は身体の能力を補完し、延長する営みであり、それゆえ、身体のないところに数学はない。
という。
 大森の時評については、私も久真と概ね同様に考える。確実な知を求める数学にすら情緒があるのだ。計量分析でも短歌から情緒が失われはしないだろう。考える対象の決断も、情報を集めて分析した後の解釈もまた、人が行っている。それは、批評で扱う歌集や歌を選び解釈するのと、実は大差ないのではないか。
 私が「未来」時評の最初に触れたように情報が氾濫する昨今、「情報のノイズの海の中から、特定のコンテキスト(ここでは「モノの見方・結びつけ方」:中島注)を付与することによって新たな情報を生み出す」(佐々木俊尚『キュレーションの時代』(ちくま新書))ような、〈キュレーションとしての短歌批評〉もまた、歌集を読み解く批評と共存してよいのではないだろうか。
 
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2015年12月号
「水仙と盗聴」問題 中島裕介
  水仙と盗聴、わたしが傾くとわたしを巡るわずかなる水 服部真里子
 角川「短歌」四月号特集「次代を担う20代歌人の歌」に掲載された連作「塩と契約」の一首目である。この一首について小池光が「まったく手が出ない」と評したところから、この一首の解釈にとどまらない、短歌の読解に関する議論が巻き起こった。服部自身が「歌壇」六月号の時評で
  ひとりの人間の言葉は、その人の身体がさらされてきた言葉の歴史である。そして、すべての人間は別の身体に住んでいる。よって私たち――作者と読者は、そもそも 言葉を共有することができない 、、、、、、、、、、、、 のだ。
という、暴論とも言える発言を行ったことで議論は加速した。さらに服部は「歌壇」九月号の時評で、「歌壇」六月号での服部発言を受けた「短歌研究」八月号における内山晶太の時評の
  服部は、作品の言葉をいったん不完全なものとして捉え、それを作者読者間で共用し、短歌を共作していくステップを経ることではじめて他者の言葉を共有できると考えているのだろう。
に対して「これが私の言いたかったことに近い」と表明している。
 角川「短歌」十月号の歌壇時評「名詞萌えの放恣」で大辻隆弘は「内山の意見は至極まっとうなものである」と評価した上で、服部の「歌壇」六月号における「ひとりの人間の言葉は」以降を指して
個人の言語体系は個人の身体に等しい。個人の身体が他者と共有できないように、言語体系も他者と共有できない。服部はそう言い切ったのである。(中略)自分の真意が内山の言うような穏当なものに過ぎないと言うのなら、服部は潔く前言を撤回すべきだろう。
と指弾する。この大辻の、服部発言の解釈には私も同意する。
 さらに大辻は、「現代短歌新聞」八月号のインタビューにおける服部の「名詞萌えをするタイプですね。ぐっときた単語を、歌の中におけないかな、といじったりしながら作ることが多いです」という作歌姿勢を指して、
各人が異なったイメージを抱く抽象的な名詞を、「わからなさ」を残したまま、あえて歌の表現の中核に置く。そのことによって読者の間には、さまざまな多義的な読みが生まれてくる。(略)
しかしながら、その構図は、服部の歌とその読者にのみ当てはまる構図にすぎない。(中略)「名詞萌え」から生み出された読みに対する放恣な姿勢。私はそれを認めることができない。
と断ずる。「名詞萌え」か「助詞・助動詞萌え」か、と聞かれればおそらく「名詞萌え」型だろう私は、大辻の問題意識はわかるが、「放恣」とまで言われると違和感を覚える。
 服部の「名詞萌え」発言を受けて、大辻とは反対に、名詞の可能性を見出しているのが、「塔」十月号の時評における大森静佳である。大森は斉藤斎藤が「歌壇」二〇一二年十月号に書いた「てにをはの読解が第一」を援用しながら、
動詞や助詞、助動詞が一首の力を縦方向に深めてゆくとすれば、名詞は横方向にイメージを乱反射させる。(中略)服部は、名詞の飛躍や二物衝撃の力によって、斉藤が指摘するような危うさ(斉藤の「読者の好みに引き寄せられた『迎えて読む読み』になりがちである」という傾向:筆者注)を超えようとしているのではないのか。
と擁護する。心情的にはこちらに賭けたい。
 
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2015年11月号
視覚と短歌のしあわせな関係 中島裕介
 笹公人の第一歌集『念力家族』(初版は宝珍。文庫版は朝日新聞出版)を原案としたNHKのテレビドラマが今年四月から放映されている。一話が十分で構成され、九月に全十六話の最終回を迎える。歌集の映像化というと最近では小島なおの『乱反射』の映画化が思い起こされるところだろう。
 ドラマ『念力家族』を観て私が最初に驚いたのは人物造形の工夫だ。例えば、文庫版は分からないが、宝珍版『念力家族』の同名の連作に登場する「弟」は、ドラマに影も形も登場しない。他方、ドラマのストーリーは歌集中の「妹」と、他の連作「生徒会長レイコ」に登場する「レイコ」とを翻案したキャラクタを軸に展開する。例えば、歌集では
  憧れの山田先輩念写して微笑む春の妹無垢なり
となっている歌が、ドラマ第二話のタイトルでは「憧れの山田先輩念写して微笑む春の玲子無垢なり」となり、元々別人として構成されていた人物をまとめる形になっている。ドラマ自体を見やすく、楽しみやすくするためだろう。
 テレビの映像ではないが、イラストレータが、自身の好きな短歌をイラスト化した本も最近刊行された。安福望『食器と食パンとペン 私の好きな短歌』(キノブックス)である。「未来」の会員の歌も多数イラスト化されている。この本を開くと、イラスト自体の視覚的な魅力はもちろん、歌に描かれた情景に対する安福の解釈、そこからさらに押し広げたイメージを描いている点に魅かれる。例えば、山階基の
  買った時から傷のあるこの服をようやくすこし許しはじめる
に対する安福のイラストは、水色の服の背の、傷があった部分から樹の枝が生え、青い鳥の巣を支えている。傷のあった服に対する自己の許しが、なかなか見つからない幸せ(として青い鳥)を支えるという象徴的な描写はなかなか感動的だ。
 他方、映画から影響を受けた短歌について考察している論考もある。「玲瓏」の五十嵐淳雄が「塚本邦雄の映画手帳」と題された不定期連載を「短歌研究」二〇一三年十一月号から行っており、二〇一五年八月号で十回を数える。この連載は、塚本邦雄が自身の鑑賞した映画についてメモを残した、一冊の手帳に、五十嵐が多角的に分析を加えたものである。この映画手帳に残されたメモは、一九五八年から一九八八年までの三十年にもわたるもので、映画を観た日や題名などが、コメントもなく列挙され、ページによっては映画のスチル写真が貼り付けられているという。その手帳に挙げられた映画作品はもちろん、五十嵐は、その原作小説や日本語版の訳注、塚本の映画に関する著作など様々な資料を比較・検討している。その上で、塚本の歌の着想過程を丁寧に追い、時にその解釈について大胆な提案をしている。例えば、
  カフカ忌の無人郵便局灼けて賴信紙のうすみどりの格子 『綠色研究』
という歌について、オーソン・ウェルズ監督、カフカ原作の映画「審判」と、塚本の著作を照合し、無人郵便局のような不条理な世界のなかで「定型のパラダイムを突き破ろうとする意志を持った」塚本自身の姿を五十嵐は見て取る。このような五十嵐の仕事はとても興味深く今後の連載も楽しみである。
 映像やイラストのような視覚に訴える表現と、短歌を含む文字表現が互いに影響を与え合う。短歌にとってよりよい関係が、さらに育まれると私も嬉しい。
 
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2015年10月号
戦争と、もう一度虚構のはなし 中島裕介
 例年のことではあるが、夏には総合誌でも戦争や戦後の短歌に関する特集が組まれる。今年は戦後七十年であり、政局の動きもあってか、「歌壇」六月号、同八月号、「うた新聞」八月号はなど、いずれの特集も力が入っている。「短歌研究」八月号は特集「戦後七十年をふりかえる」とともに、終戦後最初に刊行された、日本短歌社時代の同誌昭和二十年九月号を巻末に収録している。
 角川「短歌」八月号は特別企画「戦争の肉声」として岩田正に永井祐が戦争体験をインタビューしている。ここで岩田は戦争における〈嘘〉について繰り返し話す。
  僕の隊が守っていた倉庫があったのですが、戦争中は武器を守っていると思って寝ずに毎晩見張っていたのですが、敗戦になって開けてみたら、中には食べ物がいっぱい入っていたんです。嘘で塗り固められているんだよね。
 ここで〈嘘〉の話を緩やかに受けて、〈虚構〉へと話題を変える。なお、〈虚構〉に関わるものが、戦争に即関係するものではないことを予め申し添えたい。
「北冬」第一六号は井辻朱美責任編集であり、「[井辻朱美]について考える」と「[現在の短歌]について考える」の二つの特集が並ぶ。いずれの原稿も充実した特集であるが、ここでは黒瀬珂瀾「[現在の短歌]における虚構」を取り上げる。黒瀬は、松宮静雄が〈SF短歌〉の名を初めて冠して一九八〇年に刊行した歌集『SF短歌 ウルの墓』を挙げて、
  小説内で(文明や人間に対する:筆者注)批判をストレートに記してしまうことは作品世界の虚構性の低下を招く。それ(批判)ができるのは(中略)小説的な構造を持つ韻文、つまり叙事詩である。
と、短歌(連作)の叙事詩的機能を示す。他方、SFのような〈虚構〉の世界を短歌で作り上げる際、小説のように、読者の知識を補うような描写ができない。そのため、作品を通じて形成しうる〈虚構〉の世界は読者の知識に依存し、「現実生活に直結する感情を紡ぐことになる」。この点を黒瀬は
  それが現代短歌の虚構であり、虚構の困難さから生じる短歌的叙事詩の「現実性」こそが、矛盾するようだが、短歌の虚構の可能性を広げるのではないか。
と示唆する。
 角川「短歌」八月号の大辻隆弘の時評は、黒瀬の論とも通底するところがある。大辻は「本郷短歌」第四号に掲載された安田百合絵の評論「『短歌契約』試論」を取り上げているのだが、安田の評論はフランス文学における〈自伝契約〉という概念を足がかりにしている。つまり、〈自伝〉の書き手と読み手の間には、その自伝の「作者と語り手と主人公は全て同一である」というお約束ともいうべき〈契約〉が前提とされているという。安田はさらに短歌の作者と読者の間にも〈短歌契約〉というべき「生身の作者と私像と作中主体は全て同一である」というお約束が暗黙裡に結ばれているとし、現代フランス文学において〈自伝契約〉が無効になったのと同様に、〈短歌契約〉も無効になりつつある一方、〈新たな短歌契約〉が可能かどうか問題提起をする。安田の論をうけて大辻は「現代短歌は、近代以後への過渡期にあるのだろう」という。
 先に上げた黒瀬の評論で「作者が現実を違えた作品の『虚構性』を生み出すのはモラル観という読者側の感情だ」と黒瀬はいう。だとすると、〈新しい短歌契約〉が「虚構性」を容れるものならば、読者自身のモラル観自体も新しくなることが〈新しい短歌契約〉を結ぶ前提になるだろう。
 
 
2015年9月号
新装版『uta0001.txt』など 中島裕介
 二〇一五年五月一日、中澤系の歌集『uta0001.txt』が双風舎より復刊された。
 中澤系は一九九七年に未来短歌会に入会、難病に冒され、二〇〇四年に歌集『uta 0001.txt』がさいかち真氏らの尽力により雁書館から刊行された後、二〇〇九年に没している。二〇〇四年の雁書館版の『uta 0001.txt』は増刷分を含めて八〇〇冊が流通したようだが、二〇〇八年に雁書館が廃業している。
 代表歌といえば、この巻頭歌だろう。
3番線快速電車が通過します理解できない人は下がって
 この歌集の復刊に関する詳細はウェブ上のtankafulの、本多真弓氏の手による「歌集復刊~中澤系プロジェクト~」と題された一連の記事に詳しいが、二〇一二年から批評会を開催したり、中澤氏の家族や出版社に連絡を取ったり、さらには刊行直前に中澤系当人による〈本人版〉とも言うべき歌集のゲラを発見し反映するなど、長期に渡り作業を行われたようだ。まずは本多氏やご令妹の書道家・中澤瓈光(りこう)氏をはじめ、復刊に尽力された方々を讃えたい。
 六月六日には紀伊國屋書店新宿本店のイベントスペースにて「歌人・中澤系が生きた時代、そして今」が開催され、穂村弘と、新装版『uta0001.txt』に特別寄稿をしている社会学者・宮台真司のトークが行われた。
 このイベントで穂村は、雁書館版の栞(新装版にも収録されている)で
中澤系の言葉は、巨大な生き物のような世界のシステムを高感度に捉え、その無数の触手に絡まれ撫でられながら真っ白になってゆく人間の姿を描き出すことに成功している。
と述べたのと同様の解釈を示しつつ、斉藤斎藤や永井祐といった歌人に先行する者としても位置付けられることを示した。宮台はバブル期からその後を共有する同時代人として、自身のうつ病体験などから中澤系の短歌への共感と理解を表明した。  
 ところで、演劇の分野では田村公人『都市の舞台俳優たち ―アーバニズムの下位文化理論の検証に向かって―』(ハーベスト社)という本が話題になっている。
 副題になっている「アーバニズムの下位文化理論」とは、東京のような大都市圏では、その人口の多さゆえに多様なネットワークが形成され、社会常識のような一般的・支配的な通念とは異なる通念・考え方・価値観が生まれてくる、とする理論である。この説の実例を求めて、『都市の舞台俳優たち』の著者は東京の小劇場劇団に十二年以上関わり、高額のチケットノルマ――公演にかかる費用を確保するため、俳優やスタッフが売りさばかなければならない一定数のチケットのこと。売れなかったチケットの代金は俳優たち自身が自己負担しなければならない――やその売り方、そして金銭的・家庭的など様々な事情により演劇を離れてゆく人々を観察・調査したのである。
 この著書で述べられているのは小劇場演劇の世界であるが、〈下位文化〉という点では短歌も含め、「商売にならない」文化全般と通底する。大都市圏とそうでない地域とでは短歌に関する状況は異なるだろうし、チケットノルマのように、歌人も様々な経費を自己負担している。歌人にも同書を面白くご覧いただけるだろう。
 新装版『uta0001.txt』の再刊にあたっては一千部を刷り、歌壇への謹呈――いわば、歌壇におけるチケットノルマの自己負担――を行わずに初版の大部分が売れ、さらには二〇一五年七月に重版が行われるという。同書のさらなる展開が楽しみである。
 
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2015年8月号 
連作について 中島裕介 
 角川「短歌」五月号の特集は「連作を極める」。「第六一回角川短歌賞〆切直前」と副題がついているのだから〈連作の構成が角川短歌賞への近道である〉と賞側から投げかけられているかのようである。そして、〈構成が賞への近道〉であるのは恐らく事実だろう、と新人賞に縁のない身としても想像できる。
 特集の執筆者は大松達知、今井恵子、大辻隆弘、梅内美華子、光森裕樹、山田航、大森静佳、伊波真人の八名。近年の角川短歌賞受賞者である後四者は「受賞者が明かす『工夫』したこと」とまとめられており、原稿依頼の段階で新人賞受賞時の〈工夫〉について書くよう指定があったのだろう。中でも山田の〈工夫〉はかなり具体的で、大辻や今井の論じる「連作の構成法」が作者の立場から、露悪的なほどあけすけに、しかし分析的に書かれている。例えば「冒頭一首目、二首目とラスト一首目、二首目。この四首には自信作を入れておいてください」「序盤十首と終盤五首に統一されたムードがあれば、それだけで全体の空気感も十分に支配されます」。さらに新人賞応募作については「新人賞は『伸びしろ』を重視しますので、わざと完成度低めの歌を一割くらい入れることも戦術の一つです」という。――連作全体の空気感を壊さない〈完成度低めの歌〉を意識的に配置できる技量がある人は、さっさと新人賞を獲って勝ち抜けて欲しい……と考えるのは野暮なのだろう。
 同誌が扱ったものが読者にとってプラグマティックに「短歌連作をうまく作る方法」について語っている一方、連作と短歌の関係を本質的に探ろうとする評論もある。例えば同人誌「率」第七号の特集「〈前衛短歌〉再考」に瀬戸夏子が寄せた巻頭言は興味深い。
短歌を短歌たらしめたもの。
それは連作という手法だ。
うたの語彙の共同体がうしなわれ、一首を屹立させることはむずかしくなった。そこで、連作が生まれた。連作ならばプロフィール紹介ができる。地の歌がうまれた。確定された〈わたくし〉から発せられる声を信じることによって、自分以外の他の〈自我〉、そしてその歌を理解することができるという幻想。私は連作形式そのものを全否定しているわけではない。けれど、(中略)連作自体が語りつがれているケースはほとんどない。
 連作という形式によって、作者とは異なる〈作中主体〉のキャラクタ要素が構成される、その要素により読者は歌それ自体ではなく、背後にいる〈作者〉を理解できると思い込む。この見解に私は同意する。
 北海道大学短歌会の会誌「北大短歌」第三号で三上春海が「〈現代短歌〉とは何だったのか」という意欲的な評論を発表している。この評論の中で三上は、穂村弘の『短歌の友人』所収「モードの多様化」にある
斎藤茂吉の作品を頂点とする、このような近代短歌的なモード(写実的な方向性:筆者注)を支えてきたものは「生の一回性」の原理だと思う。
という一節に注目し、この〈生の一回性〉の原理を下支えするものとして、〈連作〉〈歌集〉〈歌壇〉の存在があるという。
 三上は、〈連作〉についての分析の過程で派生したであろう論考を自身のブログに記し、その後の光森裕樹の指摘と共に公開している。こちらも〈連作〉と〈自我〉、〈生の一回性〉を考える上で興味深いものとなっている。
 
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2015年7月号
「次代を担う」 中島裕介
 ある総合誌の編集者の方から酒席で聞いたことなので詳細は不正確だが、その総合誌の購読者層の八割以上が六十歳以上なのだそうだ(会員諸氏の想像通りだろうか)。そして、その多くは歌壇や文学全体への関心が高くない。そのためだろう、若手に焦点を当てた特集を組むと売上がガクンと落ち込むのだという。
「短歌研究」は毎年十一月号に「新進気鋭の歌人たち」という特集を組んでいるが、他の総合誌が立て続けに若手特集を組んでいる。先の〈売上〉の話を考えると、近年の学生短歌会の活況を考慮してもなお特異な事態だろう。結論めいたことを先に言えば、若手を取り上げることはそれだけでも喜ばしい。若手歌人が短歌の歴史的文脈にどのように接続し得、どのような新しい豊かさをもたらすのか――これが継続的に問われなければ短歌全体がより豊かになることはない。
 二〇一五年十一月号の「短歌研究」の特集で取り上げられたのは一九六一年生まれの木下こうから一九九二年生まれの寺井龍哉までの十二名。短歌研究新人賞の受賞者である石井僚一をはじめ、同賞の候補に挙がった者を中心に、木下や楠誓英ら、話題の第一歌集を刊行した者が加わる構成となっている。
「短歌往来」は二〇一五年一月号に「次代を担う歌人のうた ――自選三〇首」をまとめている。一九六八年生まれの千葉聡から一九八九年生まれの大森静佳までの二十二名が自選三〇首とエッセイを掲載している。短歌研究新人賞を一九九八年に受けた千葉や二〇〇六年に現代歌人協会賞を受けた松木秀、「未来」選者の黒瀬珂瀾を含む。ここ十五~二十年に台頭し、評価が安定して高い歌人が含まれており、幅が広すぎる気もするが、「短歌往来」は毎号「今月の新人」に一ページを割いており、そちらとの差別化を図ったと見ることもできよう。
 角川「短歌」は四月号に「次代を担う二〇代歌人の歌」。こちらは刊行時点で二十代の、角川短歌賞以外の賞を含む新人賞受賞者十名が登場。新作七首を発表するとともに、この七首に対して佐佐木幸綱・馬場あき子・花山多佳子・小池光・岡井隆が二名ずつ評を加えている。この評が――おそらく編集部からの要請だろうが、一部なりとも批判を含んでいる(当然のことながら、〈批判〉は悪いことではない。問題だと思われる部分を指摘する/されることに、〈次代への可能性〉がある)。
「歌壇」五月号は「次代を担う注目の新人たち」。年齢が記載されていないがおそらく二十代から四十代の、二十三名が寄稿。二〇一四年の歌壇賞受賞者である佐伯紺や、第一歌集を既に刊行している木下龍也や瀬戸夏子、二〇一五年の歌壇賞候補者など、結社や同人誌が重ならないように配慮されている(その点、二〇一五年の歌壇賞受賞者である小谷奈央が寄稿していないのはやや不思議である)。結果的に、今回取り上げた四誌の中では最もフレッシュな層を汲み出そうとする意図が見受けられた。その積極性を評価したい。
  (ユ/カ)レテイル(セ/シャ)カイ(サ/ボ)クラガ(フリ/シニ)オエテかみさまのてはじゃぐちをひねる   木下龍也 
  喪失をおそれるな
 〈!〉 って標識が左後ろへ流れていった
鈴木ちはね  
 ところで、「短歌研究」以外三誌の特集の題名を見ると共通して「次代を担う」というフレーズが含まれる。「次代」はどんな「今」の次なのだろう? 
 
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2015年6月号
「よむ」ことと「論ずる」こと 中島裕介
 松澤俊二による『「よむ」ことの近代 和歌・短歌の政治学』(青弓社)が二〇一四年末に刊行された。この本は、序章の節題に「「近代短歌」研究から和歌・短歌の「近代」研究へ」と記されているように〈近代短歌〉という観念に縛られてはいない。近代以前の和歌と短歌の連続性や、「非専門的」な歌人や読者への考察、そして作者の〈詠む〉意図だけでなく読者の〈読み〉についても豊かな考察を加えている。これにより同書は、作者の意図を追求するような文学研究に留まらず、「近代」研究に踏み込んでいる。
 第一章から第三章までは天皇制と和歌・短歌の関わりから日本の近代を彫琢しており、特に面白い。第三章・天皇の「御製」歌について扱っている箇所から引く。
  「御製」は明治の初年代からアジア・太平洋戦争期に至るまで、天皇と国家のイデオロギーを広宣する装置であり続けた。しかしそれが表象した内容は一律ではない(略)とりわけて日露戦争期以降は、「国民」としてのありうべき範型が「御製」によって示されるようになった。(略)
ともあれ、公に広められた「御製」が他者を動かし、他者にはたらきかける志向性を持ち続けたという点は揺るがない。その意味で、「御製」はまぎれもなく「政治」そのものだった。
 松澤は、学生時代には國学院大学短歌研究会や「PUNCH-MAN」に所属、現在も同人誌「pool」に所属している。「pool」の初期には松澤の短歌が掲載されており、その〈詠む〉体験と〈読まれる〉体験がその後の研究や「pool」等での評論につながっているのだろう。「pool」八号には『「よむ」ことの近代』の序章にあたる評論が掲載されているので、気になる方はこちらを先にご覧になるのも一手だろう。
 歌書ではないが、松澤の本と同時期に刊行された大澤聡『批評メディア論』(岩波書店)も非常に興味深い。松澤が「詠むこと」と「読むこと」の両面から近代に対する問いを立てた。これに対比させれば大澤は、一九二〇~三〇年代における「論ずること」と「論が知られること」(メディア)との両面から、戦前期の論壇・文壇が形成される過程と、〈専門的な〉論者・読者と〈非専門的な〉論者・読者――〈大衆〉の分化が明確化したことを示している。同書の先に見据えられている問題の核は、ここで論じられている戦前期から連綿と続く、現在の批評や論壇、文壇の情況にある――そして、大澤の視野には入っていないだろうが、結果的に現在の歌壇にも該当するものだろう。
 新聞や雑誌といったメディアの発達により、処理しきれないほどの大量の小説作品や評論が発表されるようになり、それらを〈教養〉として吸収/消費することが求められた大衆のために、小説や評論を要領よくまとめた時評や座談会が求められる。その中で評価と知名度を得た評論家をスターとして祭り上げ、様々な媒体はスター評論家を繰り返し招くようになる。
  限定された固有名群(有名な評論家たちの名:筆者注)が誌面を占有する。とすれば、言論界の「論調」の膠着化は不可避だ。書き手たちが各個の役割期待に応じた結果でもある。(略)この(言語化されない、それぞれの雑誌の:筆者注)傾向性において、「論壇」という擬制的な共同体(=「お座敷」)は構築されていった。そして、暗黙のリストに登録されることがいわゆる「論壇人」の必須要件となる。
 大澤は更に、当時のメディアが新人発掘や議論の活性化を図った方法を論じている。詳細は同書をご覧いただきたい。
 
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2015年5月号
TPPと文学のはなし 中島裕介
 角川「短歌」二月号の時評に田中濯が「短歌をお金持ちの玩具にしないためにいまできること」を寄せている。著書『二十一世紀の資本』で所得格差が拡大する歴史とメカニズムを指摘したフランスの経済学者トマ・ピケティを枕に、光森裕樹が作成した一九七九年から二〇一四年までに刊行された歌集のグラフを参照し、歌集出版社に対しては「歌集出版費用を(中略)できるだけ安くして欲しい」と訴える。その一方で、短歌の読者に対しては歌集出版費用が安価で抑えられる電子書籍について次のように述べる。
世代によっては電書(「電子書籍」の略:中島注)が根本的に拒否感や嫌悪感を招く存在であることは承知している。だがそれでも、皆さんどうぞ電書をご理解いただきたいと私は頭を下げたい。もちろん、歌集は紙で出したほうがよいものだ。(中略)しかしそれは今後、ますます困難になっていくだろう。既にいくつかの電書歌集が出版されているが、ほぼスルーされていまに至っている。
 田中は先日第二歌集『氷』(角川学芸出版)を刊行したが、その経験を経ての訴えである。私は田中のこの姿勢に同調する。
 ところで、二〇一四年二月に入って、環太平洋戦略的経済連携協定――いわゆるTPPに含まれる内容のうち、著作権について保護期間の二十年延長と非親告罪化で大筋合意に至ったというニュースが流れた。
 著作権の保護延長問題が表面化した二〇〇六~七年頃の議論を受けて刊行された『著作権保護期間 延長は文化を振興するか?』(田中辰雄・林紘一郎編著、勁草書房、二〇〇八年)、特に丹治吉順「本の滅び方:保護期間中に書籍が消えてゆく過程と仕組み」と田中辰雄「本のライフサイクルを考える」の二論文は示唆に富んでいる。これらの論文は、執筆された時点で死後五十年が経過していない、つまり著作権が有効な一九五七年から六六年に亡くなった一七一〇人の著作の出版状況を検証している。丹治の論文によると、一七一〇人のうち約一三〇〇人は没後に一冊も本が刊行されない。一冊だけ刊行されるのも約三〇〇人。残り一〇〇人ほどの人々の著作ですらなかなか手に入らない。没後も一〇〇点以上の本が刊行されるのはたった四人。文化的・資料的価値が高くとも、五十年のうちにほとんどの著作者や著作物は人の目に触れる機会を得られない。著作権が死後七十年に延長されれば、パブリックドメイン化する(知的財産権がなくなる)頃には、今以上に膨大な数の著作者・著作物が存在すら忘れ去られていることだろう。
 芥川龍之介が一九一九年に発表した「後世」という文章から一部を引用しよう。
  時々私は廿年の後、或は五十年の後、或は更に百年の後、私の存在さへ知らない時代が来ると云ふ事を想像する。(中略)
しかし誰かゞ偶然私の作品集を見つけ出して、その中の短い一篇を、或は其一篇の中の何行かを読むと云ふ事がないであらうか。更に虫の好い望みを云へば、その一篇なり何行かなりが、私の知らない未来の読者に、多少にもせよ美しい夢を見せるといふ事がないであらうか。
 あの芥川ですら、自作が後世の人に影響を及ぼすことを気弱に願ったのだ。凡百の我々が作るただの一首でも後世に残るには――残る可能性を少しでも高めるには、田中が訴えたように、出版コストが低い電子書籍版の歌集を受け入れるのも一案だ。その方が、作者としても読者としても、歌人・歌壇にとって長期的に有益なはずだ。
 
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2015年4月号
結社の外部は何の内部か 中島裕介
 角川短歌賞受賞者の光森裕樹が運営するサイトtankafulが面白い。このサイトは光森が編集を担い、当人以外からの寄稿も募っているようであるが、今回は光森自身の記事に注目したい。
 昨年十二月に「短歌結社の5年を数える」、今年一月に「短歌に関わるなかで不便に感じていること:アンケート結果より」という記事を光森が寄せている。前者は二〇〇九年から二〇一四年の角川『短歌年鑑』に掲載されている結社の数が約十五%減ったというデータを提示し、後者はtankaful自体の運営についてアンケートを取った結果を開示しているものだ。特に後者のうち、「日頃、短歌に関わるなかで不便に感じていることや気になっているテーマ」という設問があり、その回答をここで幾つか紹介しておきたい。「主に物理的、経済的要因からイベントに参加しづらい」「歌集が入手しづらい」などの回答があったほか、結社については「結社誌などにおいて、分かち書きや横書き、あるいは平仮名を多用した長い歌などを提出しづらい」「結社の由来、歴史、結社誌面の構成など、口伝えにしか分からないことが多すぎる。全部wikiのような形式でまとめて欲しい」「数ページでも良いので、結社誌の見本がネットで確認できると良い」といった意見があったようだ。「未来」の(特に若い)会員であれば、入会前に同じ悩みを持ったこともあろう。結社が減りつつある中でなお生き残るには、結社の外にいる人の意見・要望を取り入れる必要が出てくる。
 角川「短歌」二月号の特集「入門書では教えない 私のウラ作歌法」で林和清が「玲瓏」入会時に塚本邦雄から受けたアドバイスを披露している。
  (「結社誌などをあまり読まない」と林が答えたことに対して)「その方がいい。短歌を本気でやってみたいのなら、できるだけ短歌から遠ざかるのがいい。短歌から遠い分野、音楽や美術映画、フランス語など、それを一生懸命やりなさい。」
 もちろん、短歌・和歌にも極めて詳しい塚本の発言だ。どんな人でも鵜呑みにしてよいアドバイスではないだろう。とはいえ、「短歌のために、短歌以外の分野のことを懸命に学ぶ」というのは結社だけではなく、個々の短歌作者にとっても必要な要素なのではないか。
 他分野と繋がった短歌をこれまでも紹介してきたが、また別の一例を紹介したい。昨年末のことだが、Twitterに「偶然短歌bot」なるものが登場した。「bot(ボット)」とは「ロボット」を語源に持つ、人に代わって自動的に決められた行動を繰り返すプログラムのこと。偶然短歌botは、誰もが編集可能なインターネット百科事典であるWikipedia日本語版のうち、たまたま五七五七七になっている箇所を抜き出して自動的に発表するbotである。
  ある道を右に曲がれば東大で、まっすぐ行けば公園なのね
省くため、壁に向かって棍棒を投げては拾い、拾っては投げ
 前者はボディビルダー・タレントのマッスル北村氏の、後者はPCゲーム「ダンジョン・マスター」のWikipediaの記事から生成された〈偶然短歌〉だ。
 今年一月に入り、ハフィントン・ポストやWEDGEといった知名度の高いニュースサイトでも取り上げられ、偶然短歌botには今や三万人以上のフォロワ(Twitter上のファン)が付いている。こういう機会からでも短歌に触れる人が増えると嬉しい。
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2015年3月号
 「中東短歌」と『書き出し小説』と私  中島裕介
 
 二〇一三年四月の第一回文学フリマ大阪から刊行が開始された「中東短歌」が、予定通り第三号をもって終刊となった。三号とも充実した内容で、第三号に掲載された中では三井修と千種創一の評論と、齋藤芳生と短編小説作家イブラーヒーム・サムーイールとの対談が特に興味深い。
 千種の評論「短い歌と短い小説についての短い仮説」によると、アラブ世界では、聖書やクルアーン(コーラン。イスラム教の聖典)、千夜一夜物語などの素地に加えて、欧州のメディアや知識が流入したことで、短編小説が長編小説と並ぶ一分野として確立されるに至っている、という。千種はアラブ圏の短編小説の傾向を整理した上で、短歌との共通項として①短さ、②言語濃縮、③写実主義的(リアリズム)傾向、④見せ掛けの簡易性、⑤テーマの単一性、⑥メディアとの結びつきを挙げ、アラブ世界の短編小説と日本の短歌のいずれもが近代化の中で似た位置を占めているのではないか、という仮説を提示する。
 齋藤とイブラーヒーム・サムーイールとの対談「シリアとの距離を埋めるもの」は、千種の仮説と響きあうかのように、アラブ圏における短編小説と日本における短歌の共通項を模索している。齋藤の住む福島の震災・原発被害とサムーイールが国を逃れざるを得なかったシリアの戦乱、インターネットの文学への影響などが語られた後、サムーイールは短歌における一人称的傾向について質問し、以下のように続ける。
   サム(筆者注:サムーイール) とお訊きしたのも、私も一人称で小説を書くからです。一人称には、読み手をより書き手に近づける役割があると思います。小説で「私」というとき、私だけを指すのではありません。「集団としての私」なのです。
 ところで、最近、天久聖一『書き出し小説』がベストセラーになっている(Amazonのランキングによると、二〇一四年十二月十八日の刊行後、文庫や写真集なども含めた本全体の売上で最高一八六位(十二月二十日)。日本文学に限定すると、私が視認した限りで発売後二週間は一位に座しているようだ)。「書き出し小説」は読者投稿を扱った著作でも知られるマンガ家の天久聖一が考案した、「文字通り書き出しのみによって成立したもっともミニマルな文学形式」であるという。同書はウェブサイト(二〇一四年末時点での最新記事はhttp://portal.nifty.com/kiji/141227165959_1.htm)を通じて投稿された三万作から四二一の「書き出し小説」を選び出したもので、作家の長嶋有も別名で投稿したことがあるそうだ(http://joshi-spa.jp/23658)。
  メールではじまった恋は最高裁で幕をとじた。  Yves Saint Lauにゃん  
  大きくひしゃげた眼鏡を、だが男はいつものように中指で持ち上げた。  凡コバ夫  
   この雨は、めぐりめぐっていつか私の涙を構成する。  おかめちゃん  
 歌評のように、これらの「書き出し小説」の魅力を引き出しながら読もうとするならば、みなさんはどう読解するだろう。作中で状況を認識している主体を敢えて「作者そのもの」と捉えるのではなく、このあとに登場するであろうキャラクターや小説らしい三人称文体、あるいはこれらのサムーイールが述べた「集団としての私」だと捉えるのではないだろうか。もし読解する際の姿勢の違いが異なるならば、その原因は短歌や小説といった形式に起因するのか否か。この点は今後も議論したい。
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2015年2月号
うごく短歌、再び  中島裕介
 
 二〇一四年夏の未来短歌会の、夏の大会一日目で実施されたシンポジウム「この十年の『未来』と短歌会」の採録が十二月号に早速掲載されている。中沢直人による「未来」年表と、十二月号におけるまとめは、未来短歌会と歌壇全体の動きを思い返す上で優れた仕事である。
 他方、このシンポジウムをご覧になった方は後半の、主に斉藤斎藤と大辻隆弘の間で交わされた口語と文語、そして〈私性〉に関する議論も刺激的に記憶しているのではなかろうか。採録でも両名が言及しているが、シンポジウム後もTwitter――インターネット上のミニブログサービス――を通じて、斉藤と大辻はより議論を深め、総合誌等でも関連する評論を発表している。
 主に比較対象とされているのは斎藤茂吉と永井祐である。まずは両名の評論で多く引かれている歌を挙げておく。
   わたつみの方を思ひて居たりしが暮れたる途に佇みにけり 斎藤茂吉
白壁にたばこの灰で字を書こう思いつかないこすりつけよう 永井祐
   
 まず、(永井のこの歌についてではないが)「短歌人」九月号における斉藤斎藤が時評「口語短歌の「た」について」で
   つまり永井をふくむ口語短歌の話者は、特定の時点に固定されておらず、時間軸を移動しながら発話している。  
 と分析している。「短歌往来」十一月号には大辻隆弘が「浮遊する「今」」を寄せ、「短歌研究」十一月号の特集「短歌の〈わたくし〉を考える」では大辻が「三つの私」、斉藤は「文語の〈われわれ〉、口語の〈わ〉〈た〉〈し〉」が並ぶ。
 基本的に大辻も斉藤も共通した認識を持っており、乱暴にまとめれば
 ・ 文語と口語では助動詞の数が違うため、時間表現の扱いが異なる。どちらが優位ということではなく、文語は話者の位置が固定的であり、語は複層的に扱われる。
 ・ 文語と口語で時間表現が異なるが故に、短歌における〈私〉の扱い・立ち位置も異なる。
 斉藤斎藤が「短歌研究」に掲載した表がわかりやすい(図1及び2。時間表現に関する「テンス(時制)」――表現された行動が現在・未来・過去のいずれを指すか――と、「アスペクト(相)」――その行動がどのような長さを持っているのか――については言語学の入門書に大抵載っている)。
  斉藤と大辻に差があるとすれば「文語と口語の差を理解した上で、自分はどちらに賭けるか」という作家としての挟持だけだ。両名の論作両面を今後も興味深く待ちたい。
 なお、斉藤は、口語と作中主体に対する問題意識を十年近く持ち続けてきた。「短歌人」二〇〇五年二月号に掲載された評論「うごく短歌」を引用しておこう。
   一首の外部にいる作者の心情や思想を詠うのではなく、一首の内部において作中主体が抒情する、認識する、その他もろもろの行為をする動くのままにとらえてみたい。  
   (図1)   (図2) 図像はいずれも斉藤斎藤「文語の〈われわれ〉、口語の〈わ〉〈た〉〈し〉」(短歌研究2014年11月号)より  
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2015年1月号
哲学から遠く離れて  中島裕介
 
 最近、角川「短歌」や「短歌研究」で他分野の専門家と歌人の対談がやや増えている。読み物としても面白いことが多い。
 他方、今年の八月二十三日、未来短歌会の横浜大会と同じ日に、塔短歌会の六十周年記念全国大会が開催された。大会直前に、塔短歌会の主宰が永田和宏から吉川宏志へ代わることが記者発表されたことは、ご存知の方も多いだろう。その大会では鷲田清一・内田樹・永田和宏の三名による「言葉の危機的状況をめぐって」と題された鼎談が催されたという。鷲田と内田は共に、現代哲学の一分野である現象学を研究する哲学者・倫理学者。今では、鷲田は大阪大学前総長、内田は作家・思想家というイメージが強いだろうか。個人的なことだが、私は学生時代に鷲田と内田の著作や訳書に触れて哲学に関心を持った。そんな二人が短歌やことばについて話すというのだから、未来短歌会の大会と日程が重なっていなければ京都まで鼎談を聞きに行きたかった。
 近年の未来短歌会の全国大会でも作家の町田康を招いたことは記憶に新しい。「未来」の編集後記で岡井が度々書いているように、未来短歌会の大会等の場に他分野の専門家を招き、共に短歌について考える機会がさらに持てると楽しそうだ。
 ところで、今年七月には哲学者・批評家の千葉雅也が『別のしかたで ツイッター哲学』を刊行した。ツイッター(Twitter)は一四〇文字以内という文字制限の中で、「ツイート」(呟き)と呼ばれる短文を投稿・共有するウェブサービスである。『別のしかたで』は、三十代半ばの千葉が二〇〇九年から二〇一四年までにツイッターに投稿した哲学や芸術に関する思考や日常のツイートを再構成した本だ。あとがきにこんな一文がある。
  ツイッターの一四〇字以内というのも、短歌の五七五七七やフランス詩の一二音節も、非意味的切断による個体化の「原器」であると言えるでしょう。
 
  千葉の前著『動きすぎてはいけない』もそうだが、千葉の哲学的関心は、見落としや疲れといった、人間の〈有限性〉ゆえに他のヒトやモノから切り離されてしまうことにある。――怖がる必要はない。先の引用を乱暴に、短歌向けに言い換えれば「短歌には定型(=非意味的切断)があるから、作者の気持ちをひとまとまりの作品にできる(=個体化)。」という、よく言われるフレーズに収め得よう。ただ、〈定型〉を契機にして哲学的に考えうるように、短歌のいろんな側面から他の分野と繋がりうる可能性が、きっとまだまだある。
 なお、『別のしかたで』には短歌にも通じるツイートがいくつも掲載されている。
   〔これは詩だ〕
いったいどういう言語態を、これは詩だ、と認めていいのか。佐藤雄一さんによれば、それを受けとめる人を詩人と化すようなものが詩であるという。この定義は寛大であると同時に厳しくあると思う。
 
    〔ゼロ〕
詩情はほとんどゼロ、言語の物質的存在感も限りなくゼロ、まるで何事でもないただの文の断片であるが、しかしそれとして玩味(がんみ)すると詩のようでもあるようなもの、に対する感性を持つこと……。
 
    〔密室〕
ミステリも、近現代詩も、密室性を構築するわけです。そして詩は、その短さ((筆者注:エドガー・アラン・)ポーは詩は短いものだということを強調している)において、極まった密室劇であるわけです。
 
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2014年12月号
虚構を読みうる場はどこか  中島裕介
 
  第五十七回短歌研究新人賞は石井僚一「父親のような雨に打たれて」に決まったことが「短歌研究」二〇一四年九月号にて発表された。その後、同誌十月号には短歌研究新人賞の選考委員の一人である加藤治郎による特別寄稿という形で「虚構の議論へ」が掲載されている。「選考委員は石井の受賞作を「実父の死」を主題にしたものと読んだが、石井の実父は存命である」ということに対してある種の〈問題〉提起を行うものである。ただし、この〈問題〉が(歌壇的な場に)及ぼす影響とその範囲はなかなか想像しにくい。
 石井の作品をいくつか見ておこう。
   父危篤の報受けし宵缶ビール一本分の速度違反を 石井僚一 
ふれてみても、つめたく、つめたい、だけ、ただ、ただ、父の、死、これ、が、これ、が、が、が、が 同
 傘を盗まれても性善説信ず父親のような雨に打たれて 同
「父の死」が固有名詞であることの取り戻せない可笑しさで泣く 同
ネクタイは締めるものではなく解(ほど)くものだと言いし父の横顔 同
 
 ここで挙げた一首目は実父から観た祖父像であるが、二首目を境に作者自身の実父への心寄せに焦点が移行している。
 加藤の〈問題〉提起の焦点は大きく分けて二つ。①新人賞の選考において、受賞作と前衛短歌との関係が選考委員には分からないこと、②石井が、「自身の父親は存命中だが、『死に際の祖父をみとる父の姿と、自分自身の父への思いを重ねた』」というネタバレ(背景説明や楽屋オチ)を「短歌研究」本誌ではなく、最初に石井がインタビューを受けた北海道新聞で行ったこと、である。
 この影響を〈狭く〉見積もれば、石井が作品イメージを戦略的にコントロールしていないことへの批判、ネタバレ情報を北海道新聞新聞より「短歌研究」に先に提供するという信義則に則らなかったことへの批判に限られる。〈広く〉影響する可能性を想像してみると、新人賞応募作品における傾向と対策がより入念に練られる情況の到来、匿名で行われる現行の新人賞の仕組みにも繋がるかもしれないというあたりだろうか。
 ところで、「歌壇」八月号の特集は「短歌の空想の力――フィクションとファンタジーの魅力」と題されており、その総論として斉藤斎藤が「読者にとって「空想」とは何か」を寄せている。斉藤は大辻隆弘の『子規への遡行』を援用して、Ⅰ一人称単数、Ⅱ単元描写(連作や歌集中で作中主体が一貫していること)、Ⅲプロフィールとの一致、の三つの条件を挙げ、
   短歌作品が、〈私性〉にもとづく「事実」に見えるためには、少なくとも三つの条件を満たす必要がある。(中略)裏を返せばこの「事実」の三条件のいずれかを何らかの形で踏み外した作品は、読者に「空想」と見なされる  
 と上手くまとめている。
 短歌研究新人賞の話に戻る。加藤自身も前掲稿で虚構が全面的にダメだと言っているわけではない。ただ、石井の作品は斉藤のいうⅡ単元描写という点で「踏み外」す企図があったが、その企図が選考委員には通じていなかった。企図が全部通じなくても新人賞が獲れるならそれはそれで羨ましい話だが、加藤の稿は「作品の企図をなるべく読者に伝わるよう意識してほしい」という激励と捉えるのが妥当なところだろう。
 石井僚一は同誌十一月号でなんらかの応答をすると聞いている。その内容がどのようなものになるか楽しみにしている。
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2014年11月号
展示される短歌、そして都市    中島裕介
 
  『本・ことば・デザイン』展と題した展示が東京・六本木にある東京ミッドタウン・デザインハブにて八月二九日から九月二八日まで開催された。ブックディレクターである幅允孝が「『デザイン』を感じる本と、その本の中でもっとも印象に残るテキスト、それら本来は目に見えない言葉というものを展示会場で視覚化」することを目的として本展を構成したという。短歌からは穂村弘が参加しており、穂村はこの展示で扱う本として『葛原妙子全歌集』を選び出し、そこから三首を展示に使用している。
 展示会場は美術大学や関連団体による共同オフィスの、幅の広い廊下が使用されている。その廊下の一角の、天井付近に円形の三枚の白い紙が層状に設置されたものが穂村の展示だ。(図1)
   東京は大き魔なれば魔のひとりわれのくるまの迅速なりき 葛原妙子    
 ここで挙げられた三首はいずれも都市の情景を見通したものである。天井付近という見落としそうな位置に置かれていることも印象的だ。
  八月三一日から九月十五日までの間には、東京・麹町にあり、十月には取り壊されることが決まっている九階建てのビルをまるごとアートで覆うイベント「BCTION」が開催された。このイベントには青木麦生と佐々木あららの両名が短歌の展示で参加した。青木麦生は二〇〇七年から自作短歌を、カッティングシート(色付きの薄い塩化ビニール)を用いて町中に貼り付ける展示をしており、今回は青木と佐々木両名の作品計二十三首が展示されている(筆者は女子トイレの展示までは視認していないが)。
 例えば、鏡が床に置かれ、天地が逆転したように見える空間に、このような歌が展示されている。(図2)
    脚立から見える世界に住みついて君のつむじを眺めて暮らす 青木麦生    
  穂村の〈デザイン〉としての展示と、青木・佐々木の〈アート〉としての展示の区別と効果について論じる紙幅はここにないが、いずれも歌集のなかに留まらない短歌の表現として非常に興味深い。
 短歌、あるいは歌がはらむ詩性とは、その作品に向き合う中で、読者(あるいは作者)にとっての世界の見え方を変えるものだ。その変化のチャンスは歌集を読むときに限定されなければならないわけではない。都市の一隅に掲げられた、普段は見逃していた短歌をふと見かけることで、都市の、世界の見え方を変える人も現れ得る。これも一行詩としての短歌の強みであり、新たな可能性である。
 書を捨てよ町へ出よう――町に歌があるから。
   
(図1)

穂村弘による葛原妙子の歌の展示。見上げなければ見つからない。(撮影=筆者)
 
(図2)
青木麦生の歌の展示。床置きの鏡に壁に書かれた歌が映る。(撮影=筆者)
 
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2014年10月号
あたらしい結社のかたち     中島裕介
   

   二〇一四年七月十九日、大阪府立大学が大阪・なんばで運営するまちライブラリーにおいて大阪短歌チョップというイベントが開催された。

   会場で販売された「大阪短歌チョップ メモリアルブック」によると、このイベントの「企画」として短歌人会の天野慶、大阪で「空き家歌会」という歌会を主催する牛隆佑、新鋭短歌シリーズ第二期で第一歌集を刊行する岡野大嗣、昨年の角川短歌賞で予選を通過したじゃこ、投稿者の短歌に自作の写真を付けた雑誌「うたらば」を自費で刊行する田中ましろ、「短歌研究」のうたう☆クラブ大賞を受賞した虫武一俊の名が並ぶ。関西で、インターネットを通じて短歌に触れる十代から三十代あたりの人々にとってはよく知られる面々である。
   大阪短歌チョップは、簡単にいうと「短歌のための、大人の学園祭」だ。会場の各所で歌集の販売、ネット短歌を主題にしたシンポジウムのほか、塔短歌会の江戸雪への公開インタビュー、初心者向けの歌会やゲーム形式の作歌、競技かるたA級の歌人・三潴忠典による実演、短歌に添えられたイラストやマンガの展示などが行われる。「うたのかべ」と題した歌会は、投稿された歌二一七首が壁一面に掲出され、来場者が投票するほか、NHKラジオ「夜はぷちぷちケータイ短歌」で司会を務めた芸人だいたひかるや田中ましろらが選歌する。
    ふるさとと呼べないだろうこの街は途中で辞めた部活みたいで 碧南ゆづき
    「じゃあ僕は新幹線で」食パンをちぎってもごもご噛むようにして 飯田和馬
   前者は来場者による投票で一位を獲得した歌、後者はだいたひかるが選んだ歌である。前者は活動的な社会とそうではない自分のあり様が異なって感じられることを部活動で言い表している点が面白い。後者は、相手とは異なる経路でどこかへ行くことをきっぱりとは言い切れない様子を表していると解釈した。
   先にも触れた「うたらば」は、各号によって異なるテーマに沿って詠草を公募し、田中が選歌し、写真と詩を添えて、田中の私費で刊行するフリーペーパーである。とてもカラフルで見やすく、短歌に興味がなくとも手に取る人は多いだろう。
  ところで結社とはなにか。例えば大野道夫『短歌・俳句の社会学』にこうある。・短歌・俳句の創作と歌人・俳人の養成を目的とし、(中略)「観念」と「人」を中心とした系譜性、擬似血縁的な強い関係である超血縁性、そして機能的階統制(ヒエラルキー)を特徴とした集団、と定義したい。特に同人誌との違いとしては、中心となる「人」と、選歌・選句などの機能的階統制(ヒエラルキー)の存在が重要である。
   大野の定義に従い、結社と同人誌の主な違いを選歌――それ自体が階統制(ヒエラルキー)に基づくものだが――に求めれば、「うたらば」も大阪短歌チョップにおける「うたのかべ」も、特定の人物による選歌が行われる点で「結社」に近い。そう考えると「うたらば」は結社誌、大阪短歌チョップはその全国大会とも言い得よう。
   他方、島田修二は『抒情の空間』で、結社にはリーダーシップをとる指導者が一人または複数存在することを指摘した上で、「同人組織ではリーダーシップは集団そのものです」(P.60)と述べる。田中がどの程度リーダーシップを発揮しているのかは分からないが、大野のいう系譜性を排する一方で、同人誌的な〈なかよし〉感導入しているように見える。「うたらば」はあたらしい結社の在り方を示しているのではないか。
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2014年9月号  
作者の個人的属性、時代状況     中島裕介  
     
   歌の読解における、作者の個人的属性や時代状況の扱いについては以前から議論の多くなされるところだ。
  「うた新聞」六月号の特集「短歌の〈背景〉について」には、文章の長短があるものの総勢二十人が寄稿している。三枝昂之「データの生かし方 ――背景を知って鑑賞の幅を広げる」はその題名の通り、   
    春の夜にわが思ふなりわかき日のからくれなゐや悲しかりける 前川佐美雄
を挙げて、①作者の――性別や年令、作風などといった――個人的情報を適用しない読み、②作者の個人的情報としての来歴を適用した読み、③時代状況を適用した読みの三種類を提示する。その上で三枝は、①の読みが基本であるとしつつも、②と③の読みを適用しなければ「わかき日のからくれなゐ」という一節に込められた青春愛惜の情や、時代状況に対する危機と嘆きが把握できないことを示す。同じ特集の中で、中津昌子は岡井隆の『E/T』を扱い、作者が歌集全体を通じて演出的に個人的情報を読者に提供する仕方を、三宅勇介は幕末期の国学者・歌人の平賀元義の歌を読む際に国学の知識が必要となることを、それぞれ論じている。三枝の分類を敷衍すると、中津の論は三枝の②、三宅の論は③の重要性を扱ったものと言い得よう。
   「本郷短歌」第三号の特集「短歌 ジェンダー ――身体・こころ・言葉――」のうち、宝珠山陽太の評論は大口玲子『トリサンナイタ』と俵万智『プーさんの鼻』を引き比べつつ、一見すると真逆の印象を与えそうな両歌集が、いずれも近代的な〈母性〉という政治的に形作られたイメージを作中主体という場において戦略的に利用した点で共通した歌集であることを明らかにしている。服部恵典「『歌人』という男」は既に方々の時評でも論じられているが、過去十年の短歌研究新人賞を分析し、新人賞の選考委員が文体や感覚を元に、応募作が歌壇において一般的に想定される〈女性〉像に当てはまるかどうかを判定する様子を「性別当てゲーム」と服部は批判的に表現する。その上で、〈女性〉像ばかりが評語として用いられることから、歌壇における〈歌人〉という一般的な像が中性ではなく〈異性愛者の男性〉を指すものであり、それゆえ、
  少量の「女性らしさ」でも作者の特異な「個性」として評価される。つまり、女性の歌人の歌の評価は、いつも「女性的な感性」に回収され得る運命にある。
ことを暴き出した。
   「うた新聞」の特集は歌の読解の場で作者の個人的属性を扱うことによる良い面を、「本郷短歌」の特集は、個人的属性のうちジェンダーに焦点を当てることで、その悪い面を扱ったといえよう。つまり、宝珠山は三枝の分類でいう③を扱い、大口や俵が〈母性〉というある種の時代状況に応じて仮構されたイメージに則り、あるいはそのイメージを応用して歌集を編み、評価を受ける状況を論じた。服部は三枝の②を扱い、読みに援用される〈男性〉や〈女性〉という個人的属性が極めて偏見的に限定されていたものでしかないことを論じたのである。
   この差はなにか――「現代」か否かだ。前川の歌を読む際には、彼の、既に明らかにされ、論じ尽くされた個人的属性や時代状況が読者の理解が大きく深める。翻って、現在進行形の現代短歌の読解に際しては個人的属性自体が多様化し、時代状況も論じ切られていない、流動的な状態にあることを前提にする必要がある。大変な作業ではあるが、新しいぶどう酒は新しい革袋に入れなければならないのだ。
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2014年8月号  

隆盛する学生短歌会      中島裕介  
     
   学生短歌会がかつてない活況を示していることは改めて言うまでもないことだろう。新人賞を見れば、2006年頃から学生短歌会の現役会員やOBが受賞者に名を連ねる。角川短歌賞における澤村斉美・光森裕樹・大森静佳・薮内亮輔・吉田隼人・伊波真人、短歌研究新人賞における吉岡太朗、山崎聡子、吉田竜宇、歌壇賞に至っては平岡直子、服部真里子、佐伯紺と早稲田短歌会から三人が立て続けに受賞している。「現代短歌新聞」では昨年八月まで大辻隆弘が「大学短歌会はいま」と題した連載で十二の会を紹介していた。今年四月十二日の日本経済新聞朝刊の文化欄では学生短歌会の合宿の様子が大きく取り上げられたが、そこでも書かれているように学生短歌会でも二〇一〇年以降に設立された会は多い。
   そんな情況を反映したのだろう、「歌壇」六月号では「競詠 学生短歌会の歌人たち」という特集が組まれている。十の学生短歌会から一人ずつ、七首連作を掲載している。幾つか歌を引用しよう。
    呼び鈴に触れてからそれが鳴るまでの桜の街のながき空白 鈴木加成太
    さみしくて暑くて、寝てた。これだから夕方は嫌だ、母がゐそうで。山下翔
    北欧の消印で着く君からの手紙 雪が止まなくてこわい 永山源
   山下の歌は、この特集に登場する十人の中で唯一旧かなで表記されている一方、句読点の多用も目立つ。引用歌は一人暮らしの自室の様子だろうか。夕方に寝ていたら、いるはずのない母がいるような気がするという。作中主体の母への愛憎を感じ、また「これだから」という言い回しも面白い。
   これに対して、若手の現代詩作家によるユニット・TOLTAは五月に開催された第十八回文学フリマで「トルタの短歌」と題した、学生短歌会を特集したフリーペーパーを配布した。「トルタの短歌」は両面フルカラーのA1版を八つ折りにしたもので、早稲田や京大を含む十三の会の、現役会員及びOB・OGを含め、短歌会全体の代表歌二十五首選とその選歌基準、会の紹介文を掲載している。内容的にかなりのボリュームがあるが、それだけの印刷物が無料配布されたという事実にも驚かされる。中でも京大短歌会のコーナーは(贔屓目抜きで)際立っている。永田和宏の「母を知らぬわれに母無き五十年(うみ)降る雪ふりながら消ゆ」をOBの歌として挙げるだけでも反則級だが、これを「青春は燃えるようなものだけではない。ただ、理性と憧憬の中に静かに冷えてゆくしかない、そのような青春もあるのだ」と評する薮内亮輔の文章にもしびれる。
   ところで、「歌壇」の特集に登場した十名の半数は結社に所属しており、そうでない中でも新人賞の選考過程で見たことのある名前が多い。そのような、既に定評のある若手歌人の作品を、学生短歌会全体や各学生短歌会を代表したものとして捉えてはならない。その意味でも、今回の特集に学生短歌会や若手歌人を論じる評論や座談会が含まれていなかったのは残念だ。もちろん、学生短歌会という場は〈歌壇〉から論じにくい。ただでさえ〈歌壇〉の見通しが立ちにくくなっている現状、学生短歌会の会員は――歌会や様々な交流を通じて、会ごとの歌風がなんとなく引き継がれていくとはいえ――結社のように何らかの方向性や思想のもとに集まるわけではない。あくまで〈短歌という文芸の一形態に惹かれた〉という一点で集まる。その傾向は「うたらば」や「うたつかい」といった、結社に所属しない若手の同人誌にもあてはまるところだ。
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2014年7月号

代作問題と「弱い言葉」     中島裕介
     
   角川「短歌」二〇一四年四月号では緊急特別企画「感動はどこにあるのか ――作品と作者と〈物語〉」が組まれている。今年二月初旬から話題になった「佐村河内守」名義の音楽作品の代作問題を五人の歌人が論じている。順不同で触れる。
   大辻隆弘は、代作問題における実際の作曲家である新垣隆が「芸術性」と「大衆性」の間で揺れ動いていたことに着目・共感する。そして、現在の短歌においては「大衆性」が拡大しつつあるとした上で、「短歌が『大衆性』という価値のみを追いかけるとき、そこには短歌版の佐村河内氏が必ず登場してくるだろう」と予言している。
   吉川宏志は二つの提言をしている。一つは〈作者〉をイメージして――つまり〈作者〉の〈物語〉を付与して、作品を鑑賞することの危険性を指摘し、作品と〈作者〉の関係を批評的に見つめることへの提案。もう一つは、大辻の言を使ってまとめると、「芸術性」「大衆性」など、異なる価値観の間で議論を交わし、双方の価値を認める人を少しずつでも増やすことへの提案である。◆高木佳子は吉川の一つめの指摘と同様に作品の受け手が〈物語〉を完成させ、享受してしまう傾向を指摘し、短歌の実作者・読者に「作品自体の真価を判断するリテラシーを身につけるべきである」と迫る。
  他方、染野太朗は河合隼雄『物語を生きる』を引用して、〈物語〉は人の認識や存在がモノに何かを関係づけ、意味付けるという、本質的な機能だという。その上で代作問題のような「偽りの物語」を手放しで肯定しないが、人が〈物語〉を欲求すること自体は肯定しなければならない、というのだ。乱暴にまとめると、高木の「〈物語〉を留保して読むリテラシーを身につけるべき」という潔癖な態度に、染野は留保を求める構図を見て取れる。
   三枝昂之は自身の『百舌と文鎮』や斎藤茂吉の『短歌小論』、竹山広の
    原爆を知れるは広島と長崎にて日本といふ国にはあらず
を例に挙げて、「作者の人生という付加価値なしで作品と向かい合うことができるか」という問いを投げかける。この歌は竹山広の人生・背景――〈物語〉を知る場合と知らない場合で歌の読み方・解釈が異なるのだが、そのいずれの読みの可能性をも、三枝は評価する。この三枝の論は、好意的に見れば、〈物語〉の肯定と排除の間で、吉川のいう「双方の価値を認める」立場にあると受け取ることもできよう。
    実際のところ、現在の短歌実作者・読者も三枝のような態度の者が多いのではないかと私は推測する。普段の歌会や評論の場でも、程度の差や傾向はあるとしても、作品以外の〈物語〉の援用度合いを〇%から一〇〇%の間で操作して、最も豊穣な読みを導き出そうとするではないか(ただし、ここでの〈物語〉という語は意図的に限定的に用いた)。
   ところで、「SIGHT」二〇一四年春号に掲載されている哲学者・内田樹と作家・高橋源一郎の対談が面白い。代作問題や現在の政治が話題になった後、政治的なスローガンは単純であるがゆえに、「強い言葉」として人々に影響を及ぼしている状況について、高橋は以下のようにいう。
  つまり、僕らの「物事は複雑だよ」という論理は、強い言葉にならないと思うんだよね。弱い言葉を無限に集めるしかなくて、僕らは集める側に回ってるということなんです。
   物事は複雑であり、短歌もまた複雑な〈物語〉から生まれるのではなかったか。
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2014年6月号  
日系人の短歌から考える作歌の態度     中島裕介  
     
   「短歌研究」二〇一四年三月号に、小塩卓哉が第一回から十年間、選考委員長として関わってきた海外日系文芸祭(みなとみらい文芸祭)を振り返っている。この海外日系文芸祭は、小塩のエッセイ「一冊の『短歌研究』から海外日系文芸祭の十年」によると「海外日系人と国内の短歌・俳句愛好者との交流を目的に始めたもの」であった。
   二〇一三年、第十回の大賞受賞作の作者はブラジル・サンパウロ在住。
    われ移民さくらさくらとうたえどもはなびらあびる夢にとどかず 尾山峯雄
   「受賞のことば」に「渡伯五十年」とある。移民先で日本の唱歌である「さくらさくら」を歌いながら労働に長年励んできた。その中で、成功し、故郷に錦を飾り、散る桜の花弁を浴びることを夢に願っていたのだろう。その夢に届かなかったという痛切さがこの歌にある。
海外日系文芸祭は第十回にいたり、
   応募数は回を追うごとに増えてきたのですが、海外移住者からの作品が年々減少してきた実情を踏まえ(「第十回海外日系文芸祭作品集」あとがき)「一旦終了する」ことになったという。この要因を小塩は「何と言っても海外日系社会からの応募が高齢化によって減少したことにある」と断ずる。◆世界で日本人移民が最も多いブラジルを見ても、国立国会図書館が二〇〇八年に公開した「ブラジル移民の百年」(http://www.ndl.go.jp/brasil/)において
  コロニア(筆者注:二世以降を含む移民及びその社会)を構成するのは一世と一部の二世のみとなり、これらの人たちと高齢化とともにコロニアは衰退していくことになった。
とある。国際交流基金が三年に一度実施している海外日本語教育機関調査の二〇一二年度版でも、近年のブラジル日系人の日本語離れが暗示されている。いずれも小塩の要因分析と違わないと言ってよいだろう。
   小塩のエッセイは併せて、改造社時代の「短歌研究」昭和十二年六月号の記事「ブラジル歌壇の展望」を紹介しつつ、一九三〇年頃から文芸分野への関心が高まり、戦前から戦後にかけてブラジル歌壇が隆盛したという歴史をまとめている。◆他方、田中濯は詩客の二〇一三年四月十二日付短歌時評で細川周平『日系ブラジル移民文学』を取り上げていた。田中は同書に「『素人の文学』を語ること」の重要性を見出し、いくつかの示唆に富む指摘をしているが、中でも同書が「副次的に優れた『結社論』を展開するに至った」点を一つ引用しよう。
  ブラジル歌壇は老齢化・衰微化をせざるをえず、それは日本の短歌の老齢化・衰微化を先取りしていること。(中略)
  しかし日本語社会が縮小するなかで、書く習慣を保つには、一定の知的持久力を必要とする。社交の楽しみは継続を支えるのに不可欠だ。
として、社交の価値を説くのである。
   田中はこの「社交の価値」を、「作家性により価値を置くひとびと」には「ある程度は、苦々しいもの」だが「傾聴に値する意見」としている。
   「社交の価値」は、私も心情的には理解できる。ただ、斉藤斎藤が『歌壇』二〇一三年十二月号「〈なかよし〉について」である種の懸念を示したように、結社に所属する歌人が「素人の文学」と同じ態度を表明する、というわけにはいかないだろう。
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2014年5月号 * 時評

あやむるこころ     中島裕介
     
   「短歌往来」で島内景二が「短歌の近代」という連載を今年からはじめている。二月号の題は「皆殺しの短歌と、四海兄弟の和歌」。この論によると、
    五月來る硝子のかなた深閑と嬰兒みなころされたるみどり  塚本邦雄
    (「邦」は異体字、「硝」は正字)
    瓶内に群れゐる蟻をみなごろしせよと言はれてしたりきわれは  竹山広
の二首は作者の戦争体験を背景にリアリティを持つが、江戸末期~明治初期の思想家である林桜園の
    水鳥の鴨部(がんべ)の神の(みたま)得て(えびす)がどもを皆殺してよ
は歴史的・同時代的背景を考慮してもなおリアリティがなく、強烈な違和感を覚える、という。一方で島内は、短詩系文学における時代区分を①「古代短歌」の奈良時代、②「和歌」の平安時代から江戸時代まで、③「近代短歌」の明治以降の三つに分けることを提案する。そして、和歌を詠むこともできた林の「皆殺し」という語に対して違和感を覚える原因を、島内は平安時代に形成された〈和の思想〉に求める。「平和=四海兄弟」をモットーとする〈和の思想〉と「皆殺し」という語や思想が噛み合っていないからだ、と。翻って、塚本や竹山の歌において「皆殺し」という語は〈和の思想〉とは情況が異なるが故に受容される。これらの島内の指摘は興味深い。
他方、「短歌研究」二〇一四年一月号における「新春対談 岡井隆vs馬場あき子」で岡井は塚本の「馬を洗はば馬のたましい冱ゆるまで人戀はば人あやむるこころ」を挙げて、「人をあやめるというような行為とかそういうものを今、説明できない」と発言し、馬場も同調する。以下、対話を一部省略しつつ引用する。
  馬場 私なんかも昔、女の恨みの歌を随分と書いていたときがある、(略)完全に自分の所有にするには殺すしかないという。そんなことを今書いたらたいへんなことになるでしょう。年中ストーカー殺人がありますのでね。
  馬場 (略)殺すというのはあの時代が持っていた意味の深さというのがあるのよね。時代そのものに対する恨みとか、それから、自分の中にある何かを圧殺したいとか。いろいろなものがあったのよね。それが今はわからなくなっちゃったのよ。
  岡井 (塚本の「日本脱出したし 皇帝ペンギンも皇帝ペンギン飼育係りも」を挙げて、母国を否定するという考え方を提示し)その当時、我々にとってはごく普通にあった考えでしょう。今それを説明するのがすごくむつかしい。
   馬場発言の一つ目は「現在の社会状況に比して『殺し』を扱うことの困難」、馬場の二つ目及び岡井の発言は「作歌当時に『殺し』や『日本脱出』が象徴していた心情や背景が通用しないこと」を指していると言える。この両名は、島内の示した三区分の「近代短歌」に、現在の時代情況が合致しないと認識しているように見える。現在の若手歌人の歌集を見ても、島内の三区分のあとに「〈和の思想〉的な現代」という区分が付け加えられるべきかもしれない。
   ところで、京都・清水寺で(公財)日本漢字能力検定協会(漢検)が毎年発表している「今年の漢字」に対抗して、埼玉県の寺院が「今年の四字熟語」が制定する、という。二〇一四年一月二三日に発表された第一回の「今年の四字熟語」は「四海兄弟」。「短歌往来」二月号の刊行時期から考えても、この四字熟語は島内の論と無関係だが、時代情況の違いは示唆されていよう。
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2014年4月号 * 時評
紙製の歌集を出す、ということ。     中島裕介
     
   一昨年の十月に「短歌をカネにかえたくて」というイベントを共催させていただいた。内容は「マイナーな作者が存在を知ってもらい、自作を読んでもらい、評価をしてもらう――短歌をカネにかえる契機を作るには、良い歌が収録されていることはもちろんのことながら、作者が作品以外の価値を付加する必要がある」というもの。そうでもしなければ〈お仕事〉は経験豊かな常連歌人と、常連さんオススメの新人賞受賞者へ流れていってしまう。
   歌集に「造本や装幀の美しさ」という付加価値が付いている近刊の歌集として、澤村斉美『galley』、堂園昌彦『やがて秋茄子へと到る』、秋月祐一『迷子のカピバラ』などが挙げられる。もちろん彼らがカネのために造本や装幀に凝ったわけではないだろう。ただ、「優れた歌が収録された歌集が美しい」ことは、結果的に歌集が直接手に取られる機会を増やす。
   澤村の『galley』の表紙には、光沢のある透明な箔押しで、ひらがなや様々な記号が置かれている。厚めの紙でできた扉は、表紙と同じ並びのひらがなや記号の一部が型押しされているため、それらが透明な紙から浮かび上がってくるようだ。本文はクリーム色めいた白い紙と青みがかった白い紙に十六ページごとに交互に刷られており、小口からみても驚かされる。なお、歌集の装幀を行った濱崎実幸に澤村が、青磁社の永田淳と塔短歌会の西之原一貴を交えて、インタビューしたブログ(http://galleria-galley.hateblo.jp/)が公開されている。
    ハンガーにカーディガン揺れ夏の窓はおとろへてゆくばかりの光
   巻頭歌。ハンガーにかかっているカーディガンが揺れたので、窓に意識を向けると、晩夏なのかあるいは夕暮れなのか、陽光が衰えてゆくという。日常的な光景を述べているが、説明的な助詞を切り詰めた結果、光景と光景の関係が淡くなり、読者の読みを誘発する。
   堂園の『やがて秋茄子へと到る』は光森裕樹『鈴を産むひばり』と同じ出版社・港の人から刊行されており、同じく活版印刷。帯も栞もなく、表紙は葉脈の浮き出た押し葉標本とタイトルと作者名だけ。本文は一ページ一首組。
    秋茄子を両手に乗せて光らせてどうして死ぬんだろう僕たちは
   歌集のタイトルになった一首。黒く光る秋茄子を死の象徴と捉え、「僕」ではなく、後ろに一歩引いた「僕たち」の視点で人間の無常観を考える。歌集全体も作中主体が幽霊であるような淡い感覚に覆われている。
   澤村の歌集も堂園の歌集も、語のレベルでは立ち止まってしまう難しい語彙は少ない。しかし、一首ごとに技巧が凝らされており、歌集の美しさと併せて歌を楽しめる。
   ところで、昨年十月には紀伊國屋書店新宿本店で「本屋で歌集を買いたい」が、十一月に「新鋭短歌シリーズ出版記念会」が開催された。残念ながら私はどちらにも参加できなかったので、事後の感想や報告をウェブで読む限りだが、それぞれ〈書店〉や〈出版社〉という立場から歌集という媒体を再検討する、有意義なイベントだったようだ。「短歌をカネにかえたくて」が〈作者〉の側からアプローチしたイベントだったとすると、今度は〈読者〉についても再検討してよさそうだ。作者も出版社も本屋も、読者に短歌を届けたいから工夫し心を砕く。だからこそ「歌人でない読者はどういうものか」「読者はどんな人の、どんな歌を読みたいのか」「相変わらず紙の歌集で読みたいのか」といずれ検討してみたいのだ。
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2014年3月号 * 時評

震災後と復興の文学論     中島裕介
     
   この号がお手元に届くのは三月十一日よりも少し前だろうか。東日本大震災から二年半ほどが経過した昨秋、青土社から二冊の本が立て続けに出版された。
   十一月に刊行されたのは木村朗子『震災後文学論 ――あたらしい日本文学のために』。同書では、東日本大震災及び原発問題(311)に関する認識を、
  地震や津波からはきっと復興するだろう。しかし原発事故による放射能汚染から逃れることはおそらく誰にもできないだろう。
と、震災が単なる天災ではなく、同時多発テロ(911)に連なる人災であると整理する。震災直後に書かれた主な小説作品を①震災を作中で直接描くもの、②震災を作中で間接的に描くもの、③震災の経験が刻印されていると思われ難いが、震災と重ねあわせて読み解きうるものに大別する。その上で、作家・佐藤友哉の評論を引用し、
震災後文学とは、したがって、単に震災後に書かれた文学を意味しない。書くことの困難のなかで書かれた作品こそが、震災後文学なのである。今までどおりの表現では太刀打ちできない局面を切り開こうとする文学
   他方、福嶋亮大『復興文学論』は十月に発表された。東日本大震災及び原発問題に直接影響を受けたものではなく、柿本人麻呂や紀貫之から村上春樹、宮﨑駿らまでをも論じる。福嶋は「出来事の後=跡に新しい題材や方法論を呼び込みながらシステムに再び活気を与える」「復興期あるいは<戦後>」こそが「日本文化に創造性が満ち溢れる」時期であるとする。
   人麻呂の長歌「近江の荒都を過ぐる時作れる歌」(『万葉集』巻一・二九)は、六七二年に起きた壬申の乱によって廃墟になった古都・大津宮を回顧すると共に、眼前の風景を描いている。その反歌二首「ささなみの志賀の辛崎幸くあれど大宮人の船待ちかねつ」(三〇)と「ささなみの志賀の大わだ淀むとも昔の人にまたも逢はめやも」(三一)では、眼前にはいない「大宮人」や「昔の人」に古都で呼びかける。
   これらの長歌と反歌によって
人麻呂は政治的敗者の魂の淀む土地に対して鎮魂の企図を含んだ呪術的な言葉を差し向けていた
のであり、また、それらの歌を通じて
遷都のたびに必然的に発生する古都は、歌人たちによって忘却の淵から救出され、文学的情念を喚起する対象に変えられていったのである
と、「懐かしい古都=古郷として復興」する文学のあり方を福嶋は示して見せる。
もちろん私も、福嶋が示した儀式的な歌のあり方が、今日の短歌でも適用可能だと思わない。木村が示した射程の広い「震災後文学」の可能性とあわせて、「書くことの困難」の中でなお書くことの、ヒントにはなるだろう。
   ところで、福嶋の『復興文学論』にはこんな一節がある。
  万葉歌人たちは、未開の自然ではなくあくまで文明を出発点として、自分たちの自画像を描き出した(ゆえに『万葉集』を「素朴」でプリミティブな歌集だと考えるアララギ派的見解には到底同意できない)。 
   今も? 本当に? まさかね……?  
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2014年2月号 * 時評
未知のものに出会わざるを得ない時代の表現     中島裕介 
     
   今回から時評を担当させていただく。時評を担うには力不足に過ぎるが、追々その不足を埋めていきたい。そのためにも忌憚ない意見・批判が頂ければ幸いである。第一回ということで、この時評の方針にも関係する、私の現状認識に触れておく。
   総務省が二〇一一年八月に「『情報流通インデックス』計量結果の公表」(http://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01iicp01_01000004.html)を行っている。マスメディア、電話、郵便等といった媒体で伝えられるありとあらゆる情報が日本でどれだけ発信され、人は情報をどれだけ受け取り、消費してきたかを示したものだ。この調査結果によると「二〇〇一年から二〇〇九年の間に、人が処理できる情報量は十%増えたが、流通する情報量は二倍になった」という。人が処理できる情報量が少々増えても、人を取り巻く情報量はそれ以上に増えてきた。
   この情報量増大の流れは、残念ながら不可逆である。二〇〇九年時点でこれだけの乖離があったのだ。二〇一四年現在ではこの差が広がることはあれ、埋まることはない。あなたがいかにブラウン管のテレビを愛していたとしても、そこに色鮮やかな番組はもう映らず、白黒の砂嵐が飛んでいるだけだ。高画質・多チャンネルの地上波デジタル放送をブラウン管テレビで見るには別途、受像機を用意する必要がある。
   前述の調査によると、流通している情報量のうち、未だそのほとんどをテレビやラジオといった放送が占めている一方、インターネットの情報量は七十倍以上増加している。企業によって一方的に情報が配信される放送ではなく、インターネットを通じてであれば、一個人が普段から写真や動画を気軽に発信でき、友人と楽しく交流することができる。そんな現在、ネットでも分かる日常についてだけ書かれた短歌をわざわざ読みたいか。私はノーだ。インターネットは短歌の作り方・読まれ方にも変化をもたらす。
   阪神淡路大震災、911、そして東日本大震災という大災害・大事件も、情報量が多い現在だからこそ、表現を大きく変容させる。フィクション以上に圧倒的な事態が現実に起こり、これまでの日常はフィクションだったかのように簡単に変わってしまう。災害や事件がリアリティのある情報として流通しているからだ。テレビの報道が「映画みたい」に見えるのは、これまでリアリティのある、フィクションの映像表現が数多く試みられてきたからだ。
   この避けようのない情報量氾濫の中で、短歌や、短歌と人との関わりがどうなるのか。結社のあり方について言えば、角川「短歌」九月号の特集「歌壇の歴史と現在」における「今後も超血縁性の横の関係も、機能的階統制の縦の関係もゆるやかになってネットワーク組織化していく」という大野道夫の指摘、あるいはこれを斉藤斎藤が「歌壇」十二月号の年間時評で端的に「ネットが短歌につながるとともに、結社のネット化もすすんでいる」とまとめた言がわかりやすい。評価や評判という点では、「短歌研究」十二月号の座談会で穂村弘は、歌壇に慣れている者には歌集に対する評価の良し悪しがネットからは分かりにくいと発言している。新刊の歌集に対する評判やその汲み取られ方、ひいては歌の読まれ方、評価される歌のあり方も変わってくる。
   そして、現在の表現については、今後の時評で論じていきたい――この時評が地上波デジタル放送における受像機の役割を果たせるように。
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