2024年度
未来年間賞
夜をゆく船 しま・しましま
あかい芙蓉しろい芙蓉をきるときのわたしの中をいききする水
傷をひとつもつけずに桃を剝くすべを知らない指が十本もある
ソーサーを二枚かさねてその上にカップをふたつぐらぐらと日々
言い訳の出来を反芻するように奥歯でつぶすアーモンド片
舞茸をやさしくほぐしその襞のちいさな影をはらってやった
来世でもこの世で生きる五円多く払ってしろい袋をもらう
とおくから見ていたときはやわらかな光であった枯野をあるく
コインランドリーは夜をゆく船 あたたかなシーツをひろげ四角くたたむ
新聞を買わない日々のまんなかに雑誌を置いておなべを乗せる
ポケットに両手を入れてすこしだけふくらんだ梅と春に近寄る
耳をすます 洗濯機がまた水流を反転させて春を呼んでる
焼きうどんにハラハラうすいかつおぶし 叱られることはずっと慣れない
カレンダーから先月を切りおとす画鋲をつよくおしつけながら
米袋に手をさしこんであたたかな米がまとったうすやみをすくう
米を研ぐゆびのつけねのみずかきにはつなつの水のうすくひらめく
(古川順子選)
くちびるを呼ぶ さとうはな
たましいを休めるための椅子がある触れれば風の気配ばかりの
これほどの雨に消えない山火事のなか立ちつくす一本の杉
スペイン語の音やわらかくウェイターは翼のようにメニューをひらく
秋というしずかな舟を追うように白い切手を舌で濡らした
降りたった夜の駅舎のモニターに最初の雪の予報は灯る
秋の終わり、冬のはじまり。あたらしいストールを巻きあなたの街へ
生と死に境目はなく野の花のスワッグを抱き渡る木の橋
踊り場の陽だまりを踏む鉢植えのポインセチアを王笏として
白鳥は南に渡りほの白い夜にあなた、と呼びかけている
やわらかな冬芽を露にひからせてことばにはまだ足りない木々だ
雪解けの水たまり踏むひとときに空はわたしに近くあること
ハンカチを開いてはまた折りたたむ海を言葉に閉じ込められず
結末に向けて惨さを加速するヴィランのように春の夕暮れ
くちびるを呼ぶかたちしてうす紅の躑躅は朝の庭にたゆたう
ひと束の手持ち花火をはつなつの類義語として買い求めたり
(中沢直人選)
未来賞
meteor shower さとうはな
真冬にはスケートリンクになる川のひかりをカメラに収める朝(あした)
声に火をこころに森を置くときにいっせいに飛ぶ春のカササギ
ストリートカー九つの駅の間に繰り返し聴くスカボロー・フェア
くるしさを見せない人だ対岸のブルーグレイの傘を見送る
分かりあうことの儚さ地下街に入るきざはしに傘を畳めり
ハイエナのように笑うという比喩を原書のなかに読む春の宵
きんいろは記憶に戻るひと匙のアカシア蜜を舌に受ければ
流星群=meteor showerと記すとき潤ってゆく髪も瞼も
祖国って遠い響きだひとすじの月のあかりに便箋を折る
晩年を思う夜半のはるかなる汽笛の響きに雨を気づけば
薄くうすく檸檬を切りつつ思いたりきみに明かさぬいくつかのこと
湯に沈み夜を聴きたり行き着ける一番遠い場所はどこだろう
自転車を路肩に停めて霧雨に濡れたフードの、きみは帆船
憧れのことを話せば六月の水辺に刺繍針のきらめき
花の実の弾けるほどの静けさに告げることばのあおく滲んで
きよらかな質感をもつ夕刻の風がわたしの帽子を払う
水際の景色はきっとどの国も似ているねって、水切りの石
南へ、と言いかけたのち口笛を吹く横顔の遥かな距離よ
質問を問いに返して乗りこめばスワンボートのかすかな軋み
みずうみを前に語れりそれぞれが想定しうる天国のこと
2023年度以前
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