未来賞・未来年間賞
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2016
未来賞
 
ほとり       
                             山階 基


 
  それっきり点けっぱなしの邦画から雷鳴そして雨が降り出す 

 
  おだやかな夏のはたての心臓に接ぎ木をはるか花野の枝を
 
 
  旗みたい 立っているだけなのに風こんなに受けている海の駅 

 
  呼びかえす泥のほとりのちちははの家にひと間を借りて暮らした
 
 
  寝苦しい眠ってたのか朝風呂のあとくせっ毛がうまくまとまる
 
 
  降りそそぐ雨の快楽を知りながら低いところへ流れる水は

 
  墓にいて訊いてみたかったと思う八月の火のことをあなたに

 
  動いているほうが笑っているように見える顔なのだからそうして

 
  緑地じゅう雨のにおいだかつて火に焼かれた街はいまも街でさ
 
 
  布かばんひとつでひさびさに出かけ帰るころ重さがちょうどいい
 
 
  垂れている紐をいくつか引いてみる手ごたえがあるのは放っておく
 
 
  あかねさすダンとメトロン星人のこたつを父と挟んで座る
 
 
  火みずからついえるすべのないことをそれでも熾されたあまたの火
 
 
  手帳を決めて連絡先を書きうつすこれは訃報のゆく宛て先だ
 
 
  キャラメルを剝いだ包みをポケットにそのままにしておく母だった

 
  忘れつつ引き返しつつ拭いていく廊下の先に新年はある

 
  ぼくを置く台をこころに持っていた母よそこから降りてもいいか
 
 
  この町で幸せになる人たちが憎らしかったのはきのうまで
 
 
  たましいをすこし零せばみずたまり留まれないと足が知っている
 
 
  来た道をほとんど勘でさかのぼるあいだに減っていく窓あかり
 
 
   

 
  指をぬぐう       
                            門脇 篤史

 
 
雨。街を希釈してゆくその水は我が首筋を流れてゆけり

 
すずやかに濡れゆく通り人々は傘を頼みて生きてゐるのだ
 
カーテンが防ぎきれないひかりあれ暗き小部屋に光は滲む
 
 
目覚むればけふもわたくし本棚に色褪せてゐる深夜特急
 
 
いくつものYシャツ吊るし直線をたもたんとするカーテンレール
 
 
日常に囚はれてゐる悔しさにコーヒー豆を挽く朝はあり
 
 
 
ヨード卵光の中に込められし命をけふは半熟で食ふ
 
 
青ネギを音を立てつつ切り刻む世界から忘れられないやうに
 
 
 
缶入りのナタデココ入り飲料をデスクに置きてはじまりしけふ
 
 
 
誰ひとり死んでゐないが指先についた朱肉の赤をぬぐへり
 
 
 
内線にあなたの声を聴いてゐる青き付箋にメモを取りつつ
 
 
どうしやうもないことはある口元を紙ナプキンで軽くぬぐつて 
 
 
ボーナスをはたいて猫を買ひしことなんでもなさげに後輩はいふ
 
 
悲しみは五指より漏れてゐたりけりペーパータオルで指をぬぐへば 
 
 
現実と癒着してゐる春の日がときどき我の身体を揺する
 
 
天井のスピーカーからこぼれ落つ死んだ男のピアノの音が 
 
 
たぶんまう飛べないだらういらいらと餃子の羽を箸先で折る 
 
 
白飯に砂が混じつてゐるやうにここにゐるから少しさみしい 
 
 
青ネギは買ひ物袋を飛び出して天を突きたる鋭きみどり 
 
 
身中にけふの落暉を据ゑながら紫煙に肺はふくだみてゆく
 
 


 
 
  ポリゴニズム       
                             本条 恵


 
  「迷う」って打とうとしたのに三回も間違えて、もう「魔王」で生きてく
 
 
  橋だったレゴを花へと組み換える四角い力とまあるい力

 
  角砂糖ほどける刹那ひんやりと舌にまとわる(指切りみたいに)
  
 
  破かれた端から昨日になってゆく日めくり暦の裏のざらつき
 
 
  板チョコも折れない夏の中にいて流星雨とは縁なく過ごす
 
 
  ゴールデン進出をした番組のように色褪せてゆく恋人
 
 
  鍋底の脂を拭う新聞に首相は笑みを崩さずにいる

 
   Kindleをバグらせるのは本棚を追われた紙魚のたましいなのか

 
  カビキラー垂れたタイルの徒な白さにも似た演説を聞く

 
  美しい逸話いくつも流れ来て訃報は真実味を帯びてゆく 
  
 
  打ち切りで終わった漫画の帯紙が丸ゴシックで言う「ありがとう。」

 
  ベランダに野良バーコードが飛来して家族の価値を突きつけてくる
  
 
  入口に似た手触りの戸を開けた途端くずれる恋という部屋

 
   蔓草をメガソーラーから剝ぎ取って荒れ野をふたたび枯れ野に戻す

 
  失ったひとの名もなき一葉に便りを拒まれている霜月 
 
 
  ペンローズの階段のよう「少年はなぜ殺されねばならなかったか」

 
  諍いのあとの厨に雪崩れてる対にならない蓋とタッパー

 
  ポケットの「貼れないカイロ」がもうすぐで燃えないゴミになるモヤイ前
   
 
  それぞれに密度の違う寂しさを湛えて人は窓際に立つ

 
  共鳴で割れるガラスもあることを知って僕らは指を解いた

 
   


 
     
 2016
未来年間賞
 さんいちいちの針       
                             
                           嶋  稟太郎 


 
  わが胸に風ぶつかりて傍らの花水木いまなかぞらに浮く

 
  おりおりに会議すすまぬ時がありみんみん蟬の背はかわきいむ
 
 
  天窓をあけたる母のすみずみに向日葵の影かさなりてゆく
 
 
  まんなかに鉄杭のたつ北上の川をみて立て鳶(とんび)おまえも
 
 
  真横から家つらぬける波のあとかの日の雨は青くひかり来
 
 
  一針を打たれし紙の束ありて鰓(えら)のごとくにおもての光る
 
 
  ネクタイは要らぬ会議と告げられて島つなぐ橋なかばを過ぎぬ
 
 
  おたがいの根を絡ませてイヤフォンは鞄の底で春を待つらむ
 
 
  両腕を広げてみても足りないな四枚のまど蜘蛛が横切る
 
 
  東京にいるってふしぎ三月の窓辺にひかるぺきんなべたち
 
 
  にんじんのざくぎりとして俺たちは金の環のかさなりを見ている
 
 
  ひときれのカツを置きたり日時計のさんいちいちの針動き出す
 
 
  からだごとみな揺れている高円寺小劇場の明かり短く 

 
  まはだかの木が投げ返す朝の影材木店は森閑として
 
 
  きらきらと青い鱗に包まれて歩道橋から街を見下ろす
 
 
  (中川佐和子選)    
   

 
  風をたべたい風をたべたい       
                             
                           安良田 梨湖

 
 
  アイシャドウ左がちょっと濃いなあと思ってしまう𠮟られながら

 
  ひょっとこのような顔してマスカラを黒々と塗る朝の布団に

 
  ストライプ柄のスーツにたましいの背筋は伸びて開拓営業

 
  良い明日がわたしに住みますようにってくちづけているジョア・ストロペリー
 
   
 
  きみの声きみの歯並び想いつつ通話ボタンに触れるおやゆび

 
  着信履歴を見てたら電話がくるような、こないようなの夜を過ごした

 
  アインシュタイン!アインシュタイン!とくしゃみする後輩のいてジャンボカラオケ
 
 
  無糖チャイ400円でなまぬるい地下のソファの一席を買う

 
  ばんそうこうのような敬語がすれ違う仕事納めのエレベーターに

 
  働いてばかりじゃ気づいてやれねえよだしっぱなしの猫の舌とか

 
  クロックス、漫画、ドライブ、星、馬肉。すごろくのように進め方恋
   
 
  口あけて眠るにんげん覗きこむ 私のほうが好きだとおもう
  
 
  めんぼうのように暇だよ喫煙所の扉背にしてあの人を待つ

 
  風をたべたい風をたべたい 靴下のなかで頭を揺らす指ども
  
 
  春がくる。承知している。土色の手帳のうえに眠りは浅く
 
 
  (岡﨑裕美子選)  
   

 
  雛罌粟が諭すからもう

                   
    島 なおみ

 
  走るとき犬かきになるいもうとがびしょぬれで雨からあがってくる

 
  後ろ手に閉じた歴史のドアだから臭いが漏れる隙間があって
  
 
  焦点のほどけた会話に伏龍の記憶を不意に挿し入れて来る
 
 
  山ぎわをわずかに染める渓谷へやさしい人と滝を見にゆく
 
 
  とのぐもる街ゆくわれら背後から逐われていたり見知らぬ冬に

 
  曖昧な縫い目の起伏パイル地の冬のシーツを原野と呼べば
 
 
  ハンドルを北に切りつつ異形なるオオカミウオを不意に恋しむ

 
  カヤックを頭に載せて男たち雨の河岸をしずしず歩む

 
  人びとの膝を香炉はめぐるとも銀貨は旅の手向けではなく
 
 
  三限の世界史で聞くうまそうなフランク王国カール大帝
 
 
  泣かないで泣いてるママの目頭に真鍮のビスあふれやまない
  
 
  茶器を湯に沈めつつ言う庭に咲くあのカロライナジャスミンは毒
 
 
  午後灼けたアスファルト踏む黒犬の逃げ水めいてわれを過ぎゆく
 
 
  死を簡単に詠むなと夏の雛罌粟が諭すからもう微笑むだけで
 
 
  ブラウスの胸ポケットに触れてきて狗尾草(えのころぐさ)を飾ってくれた
 
 
   (黒瀬珂瀾選)